或る一般人の手記

さほど猿顔でもないのにチンパンジー呼ばわりされるというのは、やはり僕が純然たる一般人だからなのだろうか…などとくだらないことを考えている暇が今月と来月の僕にはない。

僕は今年32歳になる。家の近所の小さな工場に勤めていて、仕事中は誰とも口をきかず、黙々と「これこそ機械にやらせるべき仕事なんじゃないか?」という疑念と闘いながら、絵に描いたような流れ作業をこなしている。風貌は冴えないし、特にこれといって取り柄もないけど、実はそんなに暗い人間でもない。ただ、中途半端な人間関係ほど面倒臭いものはないと思っているから、暗い人間を演じて、それでも自分に近づいて来てくれる人が現れるのを待っている。

こんな、人間としてややこしく、面倒臭い僕のような人間にも趣味はある。ややこしく、面倒臭い人間だからこその趣味がある。

ロックを聴くことだ。

僕がロックを聴くようになったきっかけは、15年程前、さほど親しくない友人に半ば強制的に連れて行かれたライヴハウスで、ある3人組のバンドを観たことだった。「なんだこれは!」と思った。衝撃的だった。そのバンドはそれから1年も経たない内に解散してしまったけど、僕は、そのバンドのギターヴォーカルの人の動向を追い続けた。そして、その人のブログを通して、世界には良いバンドがいっぱいいるんだということを知って、ロックが大好きになった。特にイギリスのオアシスというバンドが好きになったんだけど、オアシスも数年前に解散してしまった。

今月と来月、僕は忙しい。僕の魂は忙しい。というのも、オアシスの眉毛の繋がった兄弟が今月来月と立て続けにアルバムを出すからだ。弟が今月で、兄が来月。最近の僕の労働意欲はまさにこの10月11月への期待に支えられてきた。最近の僕には、機械にやらせている仕事を横取りしかねないほどの労働意欲があった。でも、僕の労働意欲を駆り立てたのは、眉毛の繋がった兄弟だけじゃない。弟と兄の間にもう一人いる。あの時、3人組のバンドのギターヴォーカルだった人が、弟のが出た後、兄のが出る前にアルバムを出す。そして、そのアルバムをひっさげてライヴをやるらしいから僕は何が何でも観に行かないと駄目なのだ。観に行かないと、一体何の為に日頃頑張って働いているのかーということになってしまう。

3枚のアルバムを聴いて、10月と11月が終わったら、僕の労働意欲はまた元の大きさに戻ってしまうのだろうか。萎んでしまうのだろうか。機械に仕事を譲りたくなってしまうのだろうか。いや、たぶん、そんなことはない。だって、あの3人の3枚のアルバムを聴いたら、ギターが欲しくなるに決まってるから。

え?3人組のバンドのギターヴォーカルだった人の名前?

あの人、随分長いこと音楽から遠ざかっていたし、まだ誰も知らないと思うけど、和田怜士っていうんだよ。


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