同感だ。全くもって同感だ。でも、俺が言うとしたら、少し短くなって、こうなると思う。
「MUSICというのはスパッと切ったら血が出るものだ」
アーティストが10人いたとして、「MUSIC」ができているのは僅かに1人。他の9人が「MUSIC」と呼んでいるのは「SOUND」。ただの音だと思う。
血の通っていない人間がいないように血の通っていない音楽なんて無い。スパッと切って血が出ない音楽はそもそも音楽ではない。血の通っている音楽を本物の音楽と呼ぶのなら、音楽は音楽である以上常に本物で、偽物の音楽なんて無い。本物だけがある。ただそこに「好き嫌い」はある。
どいつもこいつもバカのひとつ覚えみたいに「音を楽しむと書いて音楽。だから、楽しまなきゃ」みたいな事を言ってるけど、とんだ見当違い。
「音楽」という言葉の本当の意味は、「音に感情を持たせたもの」だと思う。だから本当は「音感」でも良かったのだが、音感は「絶対音感」という言葉があるように「音を感じる」という意味合いがあり、音感無くして音楽は語れないので、音楽が音感を差し置いて「音感」を名乗る事は出来なかったのだろう。さりとて、「音怒」や「音哀」だと、パンクか演歌かみたいな事になってしまうし、「音喜」だと語呂が、音感が悪いので、「音楽」に終着したんじゃないかと思う。
音に感情を持たせる。どう考えても、誰にでも出来る事ではない。
音楽ができるのはほんのひと握りの、選ばれた人たちだけだと思う。