年末戦線詳細

『秋の遠征』

10月22日(日) 枚方117-55

<open/start>14:00/15:00 <charge>¥1000+1drink

風来坊のまさ/ちきらまさひろ/和田怜士/スワンと愉快な仲間達/やましん/NOB/Botter一味 

*私は5番手。17時頃の登場予定。

『冬の帰還』

11月23日(木・祝) 扇町para-dice

<open/start>17:30/18:00 <charge>¥1200+1drink

吉見拓哉とつゆ知らず/THE CONIES/和田怜士/deep sea light/海月ゆづき/永源に死す

*私は4番手。19時30分頃の登場予定。


新曲『詩人の愛』

新曲が完成した。タイトルは『詩人の愛』

リルケという人が書いた『若き詩人への手紙』という本の中にある、「詩を書かずとも生きていけるのなら書くことをやめて下さい。詩を書かないと生きていけないようなら書き続けて下さい」という一節を題材に、私と同じ立ち位置で音楽をやってる人たちへの怒りを哀しみにまで昇華させて、重いバラードのメロディーに乗せてみた。

名曲だと思う。でも、まともに評価されるのは、私が死んだ後のことだと思う。そんな曲。


「し」を見つめて

長年、漫才師とか弁護士とか占い師とか整備士といった職業の語尾の響きに対して憧れがあったから、介護職をしていた時には「そういえば俺、介護士なんだな」なんて思ってちょっと嬉しかったりもした自分の名前が和田怜士であることに気付いたのは昨日のこと。

職業でもないのに名前にこのイカした語尾を搭載しているのは私と詐欺師くらいのものである。


約束

さあ、次は俺の番だ。

これを一人でも多くの人に聴いてもらいたい。

日本人は貧乏で、財布に千円入ってる人が稀ならしいから、500円はちょっと厳しいかな。

でも、このアルバムはライヴ盤で、当然、当日、ライヴを観に来てくれた人もいるんだけど、その人たちはこれを3枚買えるだけの金を払って観に来てくれたんですよ。

和田怜士ファンはリッチだ。人生の楽しみ方をよくわかってるから、メンタル的にリッチだ。

俺、そんな人たちの期待に、何が何でも応えるよ。


予想的中〜破格の飛躍〜

⬆︎左手を見るに、たぶん、相当ビビってる。カメラマンに「お前持てや!」って言うてる。

リアムのアルバムが発売から僅か4日でUKチャートの1位に!爆発的に売れてて、2位〜20位にランクインしているアルバムのセールスを合算しても追い付かないらしい。

オアシス時代のリアムには迷いがなかった。だから、オアシスが出したアルバムは全て1位になった。でも、ビーディ・アイ時代のリアムには迷いがあって、2枚アルバムを出したけど、2枚とも1位にはなれなかった。で、今回、ソロに転向したリアムには迷いの「ま」の字もなくて、出したアルバムが一瞬で1位になった。

人間、迷いがなくなったら強い。それはリアムに限った話ではない。

買い物をしている時に私の奥さんがよく言う「少しでも迷いがあるんだったら買わない。迷いなく「これ!」と思った時には、多少高くても関係ない。買う」は、その辺のHOW TO本が束になっても敵わない、間違いのない人生哲学だと思う。


顔の穴

ソロでやりだしてからというもの、常に歌詞を考えているような気がするのだが、最近もまた、歌詞を書き直して復活させねばならんのが一曲あるのを思い出して、頭の中が言葉でいっぱいになっている。

歌い出しはすぐに閃いた。

「ゴミはゴミ 優劣はない 例えばお前の歌」

これを重いバラード調のメロディーに乗せてみようと思っている。

昔は、メロディーの雰囲気に言葉を沿わせることしか知らなかった。メロディーがラブソングっぽかったら恋愛の歌詞を書いて、メロディーがパンクっぽかったら怒りの歌詞を書いていた。でも最近は、メロディーの雰囲気に対して言葉の内容をずらすことを覚えた。優しいメロディーに怒りの言葉を乗せたり、怒りのメロディーに悲しい言葉を乗せたりすることで曲に奥行きができて、何度歌っても飽きのこないものが作れるようになった。

ま、人間って、目と鼻と耳と口が繋がっているように、全ての感情もどこかで繋がっているものだから、ずらしているようでずらせてないし、メロディーの雰囲気と言葉の内容が完全に一致していることの方がどこか不自然だとも言えるんだろうけどね。


野蛮な外人

謙虚とか謙遜とか、日本人が「日本人の美徳」と呼んでいるものが日本人の人生を窮屈なものにしているような気がしてならないから、私は、少なくとも、音楽をやっている時の自分の中からは、そういったものの全てを一掃したいと思っている。ある種、外人で良い。

言いたいことを言う。誤解を恐れず、誤解されることを楽しむ勢いで、はっきり主張する。腹の底から声を出す。ギターは全力で叩きつけて一音一音しっかり鳴らし切る。

中途半端な言葉を選ばない。

中途半端な声を出さない。

中途半端な音を出さない。

音圧で勝負するしか能のないバンドには「圧」そのもので対抗して完璧に勝つ。

巨大な感情の塊を両手で頭の上まで抱え上げて客席に叩きつける。

私がロックを好きになったのは、ただ音楽が好きになったわけじゃない。音楽そのもの以上に、姿勢やスピリットに惚れたのだ。

まったくもってどいつもこいつも中途半端だ。

かかってきやがれ!

片っ端から叩き潰してやる!!


或る一般人の手記

さほど猿顔でもないのにチンパンジー呼ばわりされるというのは、やはり僕が純然たる一般人だからなのだろうか…などとくだらないことを考えている暇が今月と来月の僕にはない。

僕は今年32歳になる。家の近所の小さな工場に勤めていて、仕事中は誰とも口をきかず、黙々と「これこそ機械にやらせるべき仕事なんじゃないか?」という疑念と闘いながら、絵に描いたような流れ作業をこなしている。風貌は冴えないし、特にこれといって取り柄もないけど、実はそんなに暗い人間でもない。ただ、中途半端な人間関係ほど面倒臭いものはないと思っているから、暗い人間を演じて、それでも自分に近づいて来てくれる人が現れるのを待っている。

こんな、人間としてややこしく、面倒臭い僕のような人間にも趣味はある。ややこしく、面倒臭い人間だからこその趣味がある。

ロックを聴くことだ。

僕がロックを聴くようになったきっかけは、15年程前、さほど親しくない友人に半ば強制的に連れて行かれたライヴハウスで、ある3人組のバンドを観たことだった。「なんだこれは!」と思った。衝撃的だった。そのバンドはそれから1年も経たない内に解散してしまったけど、僕は、そのバンドのギターヴォーカルの人の動向を追い続けた。そして、その人のブログを通して、世界には良いバンドがいっぱいいるんだということを知って、ロックが大好きになった。特にイギリスのオアシスというバンドが好きになったんだけど、オアシスも数年前に解散してしまった。

今月と来月、僕は忙しい。僕の魂は忙しい。というのも、オアシスの眉毛の繋がった兄弟が今月来月と立て続けにアルバムを出すからだ。弟が今月で、兄が来月。最近の僕の労働意欲はまさにこの10月11月への期待に支えられてきた。最近の僕には、機械にやらせている仕事を横取りしかねないほどの労働意欲があった。でも、僕の労働意欲を駆り立てたのは、眉毛の繋がった兄弟だけじゃない。弟と兄の間にもう一人いる。あの時、3人組のバンドのギターヴォーカルだった人が、弟のが出た後、兄のが出る前にアルバムを出す。そして、そのアルバムをひっさげてライヴをやるらしいから僕は何が何でも観に行かないと駄目なのだ。観に行かないと、一体何の為に日頃頑張って働いているのかーということになってしまう。

3枚のアルバムを聴いて、10月と11月が終わったら、僕の労働意欲はまた元の大きさに戻ってしまうのだろうか。萎んでしまうのだろうか。機械に仕事を譲りたくなってしまうのだろうか。いや、たぶん、そんなことはない。だって、あの3人の3枚のアルバムを聴いたら、ギターが欲しくなるに決まってるから。

え?3人組のバンドのギターヴォーカルだった人の名前?

あの人、随分長いこと音楽から遠ざかっていたし、まだ誰も知らないと思うけど、和田怜士っていうんだよ。