DJ気分で

僕は、ピアノがメインの曲で世界最高の名曲はこれだと思っています。昔からそう思っていて、これを超える曲は聴いたことがありません。「ピアノがメイン」云々をさておいても、5本の指に入るくらい好きな曲です。

僕が「ロックが好きだ」と言った時、誰もが思い違いをしています。僕にとっての「ロック」とはつまり、こういうことです。このメロディーが分からない人と音楽の話をしたところで…。

フリートウッド・マックが『噂』で知られる黄金期のメンバーになる一つ前のラインナップで作った『クリスタルの謎』というアルバムに収録されていて、作ったのはクリスティン・マクヴィー。ピアノ/ヴォーカルももちろんクリスティン。これだけの名曲なのに代表曲でもなんでもなくて、ライブで演奏されることも絶対にない。コアなファンしか知らない、知る人ぞ知る名曲です。

いつか、こんな曲が作りたい。いつか、こんなピアノが弾きたい。ダイナミックで力強い。それでいて美しい。一つの理想形。

では、聴いていただきましょう。目を閉じて、大音量で聴いて下さい。フリートウッド・マックで「カム・ア・リトル・ビット・クローサー」。


俺にピアノを弾かせろ

昨日、5時間弾き続けた。一服しようと換気扇の下へ行き煙草に火をつけてもすぐに居ても立っても居られなくなって火を消して戻って…を繰り返して弾き続けた。おかげで、普段使わない筋肉を使ったのか腕が痛い。

開始30分でコード表を破り捨てた。紙を見ながらだと何にも頭に入ってこないのはギターと同じだった。楽器なんだからギター同様、何か法則のようなものがあるだろうと考えて、見つけて、いつもギターで弾いている主要なコードの鳴らし方を覚えたら、あとはもう感覚に任せて弾き倒した。

ギターには「F」という壁があった。なかなか音が出ない。それが、ある日突然、本当に「ある日突然」出せるようになった。同じように、キーボードの壁に直面した。右手と左手の兼ね合いがわからない。四苦八苦していると今度は「足」を忘れている。ペダルを踏み忘れている。手を動かすので必死なのに、ペダルを踏むタイミングなんて考えている暇がない。これは一体どうしたものか…他の事なら頭を抱えて逃げ出したくなるところだが、こと楽器に限ってはそうはならない。「意地でもマスターしてやる!」とさらにギアが入って、熱中できるから不思議。

今日は仕事だが、職場に居たら居たで、職場で流れているBGMのピアノの音が気になってしょうがない。今はまだ、どれもこれも強烈に上手く聞こえるが、上達したら聞こえ方が変わってくるんだろうと思う。

以前、一度紹介したが、俺の職場には音楽室があってピアノが3台置いてある。あくまでお客さん用でスタッフは使えないのだが、予約の入っていない時間にこっそり忍び込んで…みたいな事をする勇気はロックスタアの分際で無い。


登場!クリスティン・ローランド

キーボードを手に入れた。ソングライターとして、ヴォーカリストとして、鍵盤弾きとして、尊敬しているフリートウッド・マックのクリスティン・マクヴィーの名を頂戴して「クリスティン・ローランド」と名付けた。海賊ライチのサウンド・エンジニアであり、キーボーディストでもあるDr.Fにアドバイスを乞い、選んだ、ライブでも使える優れものだ。

ギターの時と同じ手順を踏んで上達していけたらと思っている。その手順というのは、①基本的なコードを覚える。②感覚に任せる。というもので、「手順」が聞いて呆れる。

以前にも書いたが、俺はギターを弾き始めた時もコピーということをほとんどしなかった。コピーしてると親父に怒られたからだ。だから、基本的なコードだけ覚えたら曲作りをし始めて、曲作りをしているうちにそれなりに弾けるようになった。弾けるようにはなったけど、いかんせん感覚任せ過ぎて、自分の弾いてるコードが何なのかをよくわかっていない。だから、バンドをやってる時はメンバーに大変迷惑をかけた。

「ここ、コード何?」

「わからん」

「これ、このコードは?」

「知らん」

話にならなかった。

アレンジの説明をする時も専門用語や理論を全く知らないので、非常に抽象的な説明になってメンバーに大変迷惑をかけた。

「ガァーッ!って昇っていったやつがドーン!ってなった感じ!」

話にならなかった。

兎にも角にも、キーボード、弾けるようになろうと思う。ただ、弾けるようになっても、人に教えることはできないと思う。


忘れていた25周年

新曲『雫』の完成をもって、遂にオリジナル曲数が50に達した。そこで、「これは俺が曲を作り始めてから何年目の出来事なんだろう」と考えてみた。初めて曲を作ったのが高校3年の時だったから…!?

完全に忘れていたが、今年で俺、ソングライターとして25年目。25周年だったのである。

25年。紆余曲折、いろんなことがあった。いろんなことを思ったり考えたり感じたりして、嬉しかったり楽しかったり悲しかったり、時には怒りに震えたり…その全てを曲にしてきた。基本的に「言えない」人間だから、曲にして歌って、吐き出すしかなかった。曲を作ることがただの趣味や遊びであったことなど一度もなかった。そういう意味では、50という数字は別段大きな数字でもないような気もする。でも、やっぱり、それぞれの曲の生い立ちや、それぞれの曲に込めたものの大きさを思えば、50という数字は俺にとって特別な数字なのである。

鳴かず飛ばずの25年。鳴かず飛ばずで終わる気のしない50曲を作った。途中、再起不能な折れ方をしてもおかしくない時期もあった。だから、我ながらなかなか大したものだと思う。たまには自分で自分を祝福してやろう。

25周年おめでとう!


新曲『雫』完成

新曲『雫』が完成した。

今日、スタジオでメロディーと歌詞が同時に浮かんだ。

歌詞は子供の頃からずっとずっと言いたかったことの縮図。縮図という意味合いを「雫」という言葉に込めた。『ストーカー 』をスローに、ヘビーにした感じで、久々に4分を超える。ライブだと5分を超えると思う。

日本の、浮かれた、流行りの音楽しか知らない人には絶対に理解できない。でも、そういうのが嫌いだったり、そういうのに違和感を感じている人たちには喜んでもらえると思う。

これで、次のライブで演る7曲が出揃った。

全曲ラブソングになると思った?

そうは問屋が卸さない。


歌ある世界は愛ある世界

高校の時、「ラブソングなんて書いてたまるかアホンダラ!」と思っていた。で、「ラブソングのない世界に行きたい」という内容の『ラブソングのない世界』という曲を書いた。が、最近作る曲はどれもこれもラブソングである。

人間の感情。大きく分けて喜怒哀楽(実際には4パターンどころではない)。これを歌で表現しようと思えば、恋愛という「例え」は欠かせない。

ザックリと喜怒哀楽に分けて言えば、最近作った曲だと、「先見の明」「アイボリー」が喜。「口車に乗って」が怒。「赤い雨」「香しき日々」が哀。「orange」が楽。ということになる。

俺の場合、歌詞に出てくる「君」が人間の女性ではないことなんて日常茶飯事。人間の女性ではないものを人間の女性ではないもののまま表現すると救い難く難解で、作った本人にしか分からないものになってしまうし、自分としても歌に感情を込めにくくなってしまうから、恋愛の形をとって、歌いやすく、聴きやすくしている。それから、これは最近気付いたことなんだけど、恋愛にまつわる言葉には音的に柔らかく、メロディーに乗せやすいものが多いような気がする。「恋」も「愛」も乗せやすい。「恋愛」なんて、響き的にはほぼ英語。乗せやすい。「寄り添う」とか、まだ使ったことはないけど「抱擁」なんかもいい感じ。「恋煩い」なんて、日本語万歳!と言いたくなる。

というわけで、「ラブソングのない世界」というのは「ソングのない世界」と言っても過言ではないので、行かないに越したことはないのである。


あと一歩

オリジナル曲数50…とは言ったものの、完璧に仕上がっているのは49曲。僅かに1曲、歌詞の書き換えを必要としているものがあり、未完成のものは「1」と換算すべきではないから、厳密に言えば、現在の曲数は49ということになる。

次の曲ができたら、上記の1曲をボツにしようと思っていたのだが、メロディーに大きな望みが残っているので踏み止まった。となるともうボツにすべき曲は見当たらない。

未完成に終わっている曲の改良、再生作業が終わった。そして、どこか納得がいかず、かと言って改良する気になれないものを躊躇なくゴミ箱に投げ入れる作業も終わった。今や手元にある49曲はどれも精鋭。なので、次の曲が正真正銘の記念すべき50曲目となり、その次の曲は51曲目となる。

50。どれを歌うか迷うくらい自分の曲があったらなあ…と、メーカー不詳でボロボロのフォークギターを弾きながら思っていた高校生の頃の自分にとっては夢のような数字。実際、これからは新旧混じえたセットリストを組もうとするたびに相当迷うことになると思う。

次に作る曲で次回ライヴで演る7曲が出揃う。そして、夢の数字に到達する。

あと一歩。あと一歩だ。


仮想共作における俺の役割〜桜散る日本の風情〜

昨日はスタジオで、ギターを弾き、声を張って、初めて新曲『香しき日々』を演奏してみた。頭の中で鳴っていただけのものを外に出してみた。

結論から言えば「アメイジング」の一言。頭の中で鳴っていたものはかなりポール・マッカートニー調だったのだが、実際に歌ってみると絶妙に和風。桜散る日本の風情みたいなものがあって、なんとも言えない。これは冗談抜きで「REISHI/McCARTNEY」。英国人であるポールと日本人である俺の共作だと思う。

歌い出しはピアノをバックに静かに…というイメージだったのだがピアノが弾けない。仕方がないのでピアノっぽくギターを弾いてみようと思ったのだが全くもってしっくりこない。どうすべきか…しばらく考えて出た答えはまさかの「俺の頭の中で鳴ってりゃいっか」。頭の中で鳴っているピアノをバックに歌ってみたら実にしっくりきた。つまり、アカペラ。伴奏なしで始まるという俺史上初の試み。

「口車に乗って」にしろ「香しき日々」にしろ、自分の中から思いも寄らないものが出てきていて本当に楽しい。

さあ、残すところあと一曲だ。

※「香しき日々」で曲数が51になったので、「僕はフィクション」という曲をボツにした。いよいよバンド時代にライヴで演っていた曲についても戦力外の対象となってきた。

 


フライヤー2019

大きく趣きの異なる2種のフライヤーを作ってみた。

アルバムのジャケットやフライヤーを作るのは、デザインについて音楽みたいに知識があるわけじゃないから(いや、音楽もないな…)、ひたすらに自由で、ひたすらに楽しい。

どっちのデザインの方が良いと思うか周りの人達に訊いてみたのだが、意見が綺麗に真っ二つに割れたので2種とも採用。伊丹の各所に張り出したり、置かせてもらったりしようと思っている。

キャッチフレーズが良いでしょ?「奇跡の”伊丹産”ロックスタア」(笑)

フライヤーに載せるキャッチフレーズって、仰々しかったり大袈裟だったりするとイラッ!とするから、程よく笑いを絡めないといけない。その上で、自分のやってる音楽についてサクッと説明して見せないといけない。で、熟考の末、これにした。でも実際、伊丹から俺みたいなロック馬鹿が出てくるというのは奇跡と言って良いんじゃないか?と思う。まだ伊丹に来たことがないという人は一度来てみればいい。まあ〜俺が出てくるような土壌じゃないから。そんな土、伊丹のどこをどう掘り返しても出て来やしないから。

というわけでフライヤー。割と良いのができたと思っている。俺の音楽の二面性がよく出てる。

ま、偶然だけどね。