海賊魂

誰が何と言おうが、昨夜のライヴは過去最高の出来だったと思う。

MC無し。「和田怜士です」さえ無し。終始安定していたのでチューニングもしない。曲間にしたことと言えば、ノリの良い客の「ロックンロール!」に「ロックンロール!」と返して、何度か水を飲んだくらい。そして遂に、セットリスト7曲の内、バンド時代に書いた曲が「未来へ」の1曲だけとなった。

<セットリスト>1.FLOWERS IN THE DIRT 2.綺麗な動物 3.バタフライ 4.果物をてんこ盛った巨大なケーキ 5.紙吹雪舞う 6.復活の予感 7.未来へ

自分のライヴが終わった後、他の人たちのライヴも、頑張って観た。

「本音は墓場まで持っていけ」

親父の言葉を思い出した。


女王野郎に気を付けろ

私が海外のロックが好きな人間だということを知って話しかけてくる、普段、ほとんどロックを聴いていないに違いない人たちが、口裏を合わせたように「自分はクイーンが好きです」と言うのは何故だろう。

先日も一人、現れた。私の頭の中にドラクエのバトル画面とBGMと「クイーン好きがあらわれた!」という文字が浮かんだ。

出た!

私はすかさず「でも、フレディ・マーキュリーって…」と、あえて「って」の後を濁す、女王野郎対策に於いて定番かつ必殺の呪文を唱えた。すると彼は言った。

「フレディ・マーキュリーって誰ですか?」

呪文を使った打ち合いにカウンターがあるとはつゆ知らず、「そんなんずっこいわ…」と呟いて崩れ落ちた私であった。


明日のライヴについて(わよ〜んっていうてみた)

危うく、台風の日にライヴ…となるところだったが、台風は今日、ライヴは明日。台風が空気の澱みを吹き飛ばした後のライヴとなった。

明日は『綺麗な動物』と『復活の予感』、新曲を2曲ともやる。それから、ゴミの中に花を咲かせて、蝶を飛ばして、紙吹雪を舞わせて…持ち時間30分を一つの作品として、「コンセプト・ライヴ」的なものを見せる。

明日のライヴが終わると、来月の枚方への遠征を経て、今度扇町に帰ってくるのは11月中旬〜12月になると思う。

日常生活と、日常生活に侵食された頭に何かしら刺激的な異物を持ち込みたいとお考えなら、私のライヴに足を運び、私の世界に足を踏み入れるのが最も手っ取り早いと思いますわよ〜ん。

9月18日(月・祝) 扇町para-dice

<開場/開演>17:30/18:00
<前売/当日>¥1200(1drink別)

※私は6組中3番手。19時登場。


『復活の予感』について

「去ることをもって始める」というか、「ゼロに戻すことをもって始める」というか、「死ぬことをもって始める」というか…自分でも何故こんな感じに仕上がったのかよくわからないんだけど、とにかく、そんな歌詞だと思う。

とりわけ、「花が散って自問自答が終わる」っていうフレーズが気に入ってる。

自問自答って、自問自答の連続って、すごくしんどいことだし、ずっと同じ場所で停滞してる感じがあるから、終わってくれるに越したことはないし、自問自答の終わりというのは、何か新しいことが始まる兆しでもあるから良いことなんだけど、その良いことが起こるきっかけを花を使って描く場合に、普通なら咲かせるところなんだろうけど、捻くれ者の私は散らせてみた。

散らせたら、咲くのを待つ楽しみが残るけど、咲かせたら、散るのを待たんといかん不安な寂しさが残ると思った…のかもしれない。


新曲『復活の予感』

新曲『復活の予感』が完成した。

これでもわからないようなら、それはもう、私のせいではない。

俺は日本最強のソングライターだ。

笑いたきゃ笑えばいい。いつものように笑えばいいけど、その笑いがいかに寒いことなのか、スベっているのかということについて、可能な限り早い段階で気付くことをお勧めする。

後で手の平を返したように「怜士最高!」とか言っても、俺はびた一文相手にせんからな!


秋の遠征

来月は珍しいことに、2本のイベント出演依頼をもらった。1本は神戸で、もう1本は枚方。神戸はどうにもこうにも予定が合わなかったので、延期させてもらわざるを得なかったのだが、枚方の方は予定が組めたので、出させてもらうことにした。

枚方。伊丹に住んでると、大概、どこでやっても「遠征」になるんだけど、今回ばかりは本当に、ちょっとした遠征だと思う。

おそらく、ピアノを中心としたソフトな音楽がメインのイベントになると思うので、今回ばかりは私もソフトに、オシャレな感じでいこうと思ったのだが、私にソフトでオシャレな曲なんてあるわけがないし、また、私を誘ってくれた愛西垣戸さんも、私の音楽について『「嘘はいらんねん!」っていう感じが良い』と言ってくれた人だけあって、私にソフトでオシャレな音楽を期待しているわけがないので、いつも通り、いや、あえていつも以上に、ロックな感じでいきたいと思っております。

浮き倒して喜んでいる私を是非、観に来て下さい。そして、京橋で一杯ひっかけて帰って下さい。

10月22日(日) 枚方117-55

<open/start>14:00/15:00

<charge>¥1000+1drink

<act>*和田怜士 *やましん *Botter  *スワンと愉快な仲間達 *ちきらまさひろ *風来坊のまさ

〒573-1144 枚方市牧野本町1丁目12-10 (072-857-3717)


視点

「自分は人のライヴを観る時、どこを見てるんだろう」ということを考えてみたところ、面白い答えが出た。

真面目かどうかを見てる。

ここで言う「真面目」は「切実」という言葉に置き換えることもできて、切実だからこそ、緊迫感が生まれる。

真面目に音楽に向き合っている表情や姿勢さえあれば、たとえどんなに下手クソでも、私は「ゴミ」だなんて言わない。私が「ゴミ」と呼ぶのは、真面目でない、切実でない人間がやっている緊迫感のない音楽のことだ。

ステージ上から責任感のようなものを感じさせてくれるのであれば、多少下手クソでも、金を払って観る価値はあると思う。


私は音楽をやる人だから音楽をやる

ライヴハウスやライヴバーに足を運ぶ。

10組観たとして、6組はゴミで、3組はまあまあで、1組が当たり。緊迫感があって、素晴らしいメロディーを聴かせてくれるアーティストとなると、100組中1組いたら万歳…というレベルだと思う。大抵、音のデカさや、軽薄なリズムや、トークの巧さや、見た目なりコンセプトなりの奇抜さや、人付き合いの良さや、「何だかよくわからない」というところで、真正面からの音楽的評価から逃げている。

たまに劇場や美術館へ足を運ぶと、音楽やってる人たちの意識レベルの低さと、内輪だけで盛り上がっている「痛さ」が、身に染みてわかる。

演劇やってる人は演劇で勝負してる。

絵を描いている人は絵で勝負してる。

写真家は写真で勝負してるし、落語家は落語で勝負してる。

音楽やってる人間だけだ、音楽以外のことで勝負してるのは。


なるほど・ザ・絵画

今日は今日で兵庫県立美術館で「怖い絵展」を観てきた。

<レディ・ジェーン・グレイの処刑>(写真下はその一部をパネル化したものと私)と、<踊り手の褒美>と、ムンクが描いた<マドンナ>が特に良かった。中でも、やはり、レディ・ジェーンがヤバかった。

運命に翻弄されて、何がなんだかよくわからないまま反逆の罪を着せられて処刑されることになった16才の女の子の姿には取り乱す余裕が感じられず、死ぬことの怖さではなく「?」だけがあって、それが、何とも言えず儚くて綺麗だった(今回、目玉となったこの絵に添えられたワンフレーズ「どうして。」は秀逸だと思う)。

帰宅後、ストーンズの「レディ・ジェーン」を聴いたのは言うまでもない。