最近、人の人に対する興味のなさが気になる。
人は色んな顔を持っている。が、そこに一切興味がない。いつも見ている顔。それだけで良い、十分だと思っている。
人の意外な一面を引き出す一番の近道は自分が日頃見せない顔を見せることだと思っている。見せるから見せてくれる。見せないのに「見せてくれ」はない。だから見せる。ところが見せてくれない。言葉にしてもそうだけど、投げ掛けても返ってこない、キャッチボールの成り立たない感じがあって寂しく思う。
一つの顔しか見ずに人を理解できるわけがない。よほどの想像力があれば話も変わってくるのかもしれないが、人に興味を抱かず、人と接して得るものに期待する姿勢のない人にそんな想像力などあるわけがない。
想像力のない人は3の情報と7の憶測で人を見る。その憶測が前向きなもの、希望的観測のようなものであれば良いが、大抵は期待を裏切られることへの恐怖心から後ろ向きに、悪い方へ悪い方へ捉えようとする。そうして誤解や偏見が生まれる。
皆、何をそんなにビビっているのだろう。コロナ云々とは関係なく、過剰なソーシャル・ディスタンスのようなものが溢れ返っている。自分をこわれものか何かだと思っているのだろうか。それにしては感受性に乏しいし繊細さに欠けている。
人間を好きになる必要はないし、素晴らしいと思う必要もない。ただ、面白いと思えればそれで良い。
見せてくれ。見せるから。きっとめちゃくちゃ面白い。