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ビートたけし。俺の子供の頃からの憧れであり、人生の師匠である。事実、子供の頃から今に至るまでずっと勝手に「師匠」と呼んでいる。今もカッコいいけど、昔はもっとカッコ良かった。半端なくカッコ良かった。シャイで色気のある魅力的な不良だった。ブルーハーツのヒロトとマーシーが「ロックとは?」と訊かれて「たけしさん」と答えていたことを覚えている。

俺が本格的に師匠の事を好きになったのは、あのフライデー襲撃事件の時だった。殴り込んだ理由は、当時付き合っていた一般女性の写真が雑誌に掲載されたからで、自分の名誉を守りたいが為とか、そういうことではなかった。記者会見で質問に答える師匠の顔が今も忘れられない。猛烈に怒っていた。「何が悪い」とでも言いたげに、絶えず落ち着きなく身体を揺らしていた。

そんな師匠も、芸能活動を自粛せざるを得なくなって、どこかの島に引きこもると「二度と戻れないかもしれない」という不安に苛まれたらしい。それまで親しくしていた人たちも掌を返したように態度を変えて、「たけしは終わった」と誰も会いに来ようとはしなかった。が、一人だけ、時間さえあれば「たけし、元気かあ〜」と言って会いに来てくれる人がいて、それがB&Bの島田洋七だった。師匠は、洋七が来ると飛行場まで迎えに行って、「お前、暇か。馬鹿野郎」とか何とか言いながら泣いたらしい。

バイク事故もあった。本人曰く「酔っ払い居眠り運転」だったらしく、奇跡の復帰後、「俺、あの時、死のうとしてたんじゃないかな…と思う」と漏らしていた。あの時はさすがに誰もが「終わった」と思ったに違いない。ここぞとばかり、師匠が弟子入りした覚えのない年寄りの芸人が「俺はたけしの師匠だ」と言って師匠の見舞いに来て、明からさまに売名行為を働いたりもした。たけしもいよいよ終わりだな…誰もがそう思っていた時、親友、島田洋七と並ぶ大親友である中田カウスだけは別で、こう言った。「たけしは死なない。終わらない。それどころかさらに大きくなって、いよいよ我々の手に届かない存在になる」予言は的中。復帰後、師匠は「世界のキタノ」と呼ばれるようになった。

師匠は二度、死のうとしたんだと思う。一度目は芸能人として。二度目は人間として。でも、頭に「大」の付く親友の存在が常にあって、彼らは師匠が死なないことを希望的観測などではなく、「知って」いて、事実、死ななかったし、終わらなかった。そして、復活するたびに確実に大きくなった。

…と、この文章、自分でも何が言いたいのかよくわからない。ただ、人間誰しも、真面目に、必死に生きていれば、自分を終わらせたいと考えることの一度や二度はあるだろうし、それは断じて発作的な病気なんかじゃないし、恥ずべきことではないということ。それから、必ずどこかに、そのことについて正しい見方をしてくれる人の存在があるんじゃないか?ということ。そして、そのたびに、そうやって終わりを意識するところまで落ちるたびに、それでも死なず、終わらなかった場合に、人は、本当の意味で変われるし、成長するんじゃないか?と、ふと思ったので書いてみた。


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