歌って、吐き出して、もぬけの殻と化して、アカン事になってる私。
奥さんの「アカン!アカンでえ!」という声で目が覚めた。
昨日、近所の薬局でトイレを借りようと思ったら使用中だった。トイレの前でもじもじしながら随分長いこと待っていたのだが、いっこうに出てきやがらない。「どないなっとんねん!」と思い、もし、ガリガリに痩せた、私でも勝てそうなオヤジが出てきたらどついてやろうと息巻いていたのだが、鍵の開く音がし、涼しい顔をして出てきたのは意外や意外。胸に名札を付け、黄色い帽子を被った、小学生丸出しの小さな男の子だった。
「なんや、子供かいな…」心の中で呟き、先程までの怒りをそっと鞘に収めた大人の私は、男の子と入れ替わるようにしてトイレに入った。
「臭っ!!!」
あまりの悪臭に用を足すことも忘れてトイレを飛び出した途端、ダリのような顔をしたガリガリのオヤジがトイレに駆け込んで鍵を閉めた。
昨日はスタジオの日だったのだが、自分のギターが修理中で、手元に無いことだし、『Ⅲ』のためのレコーディングをするつもりは毛頭なかった。スタジオのギターを借りて、練習さえできればそれで良かった。軽く練習の模様を録って、後で個人的に反省会ができればそれで良かった。が、なぜか不思議なほど声の調子が良くて、気付いたら『Ⅲ』の3曲を録り終えてしまっていた。音のバランスによほどの問題さえなければ、OKだと思う。
『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』と、新しいのを作るたびに音がチープになり、太くなっていく。そして、音がチープになり、太くなればなるほど、納得のいく仕上がりになっていく。繰り返し聴きたいと思えるものになっていく。デジタルな、クリアな音に、全くと言っていいほど興味が湧かない。
ビートルズがモノラルにこだわったことの意味や、カートが『ネバーマインド』の音を嫌いだと言って『イン・ユーテロ』を作ったことの意味が、今さらながら、わかるような気がする。