発想に羽根を

何らかの問題に直面した時、労せずして真っ先に浮かぶのは、「普通ならこう考えるだろう」という、ベタではあるがベターとは言えないかもしれない、面白くも何ともない「一般論」だ。

私の発想はまず、この「一般論」を却下するところから始まる―ということを、最近の私は、急激に思い出しつつある。最近の私は、本当に、理解者に恵まれてるから。

面白いということの正しさって、あると思う。逆に言えば、「正しい=楽しくない」ではないだろうと思う。

正しさは、それが本当に正しければ、「円滑」なものであるはずで、円滑だと思えるものが、楽しくないわけがないじゃないかと思う。

―って、自分でも、何を言ってるんだかさっぱりわからない。でも、きっと、意外と正しい事を言ってるんじゃないかと思えるから面白い。


1件のコメント

  1. 仕事を憶え慣れるのに、時間を要する。 イジメではない。 子供のイジメは、何が悪いか判らないので、自分は悪くないと屈曲している。相手に責任を求めて要るのだろか?以前悪意のない例が、痩せた?太った?だった。

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