蜥蜴と蝶

バンドやってた時、観るに耐えず聴くに耐えない3人組ゴミバンドを観たことがある。揃いも揃って浮浪者のような風貌。ヴォーカルはステージに上がるやゲロを吐き、絶叫しているだけ。バックの演奏もただひたすらに喧しいだけで下手クソ。グルーヴもへったくれもなかった。が、俺のバンドを含めて数々のバンドが解散し消滅していく中、そのバンドだけが評価されて生き残った。俺は一度、音楽を諦めたことがあるのだが、諦めるか諦めないかというタイミングで手に取った雑誌「ぴあ」に「今、最も熱い関西のバンド」という特集が組まれていて、その中にそのゴミバンドの名前を見つけた時は、怒りを通り越して哀しみでいっぱいになった。心から「もうどうでもいい」と思った。

先日、ゴミシンガーを観た。ソロで活動を再開して以降、数え切れないほどゴミを観てきたが、バンド時代にあのバンドを観た時のように耐えられなくなって店を飛び出したのは初めてのこと。歌唱力ゼロ。ギターを中心とした音は総じて耳障りでしかなく、オリジナル曲はメロディー、歌詞ともに頭が悪過ぎて友達のいない中学生が女子にモテたいが為に書いたかのようなクオリティ。カバー曲のチョイスに於いては、俺よりひとまわり上だという年齢を無様な角度で晒すとともに絶望的なセンスの無さを発揮。さらに、見た目が鮮度の悪い鮭の皮みたいで気持ち悪くて生理的に受け付けず、アクションは盛りがついて気の狂ったトカゲだった。顔に「俺はカッコいいを通り越して美しい」と書いてある。気持ち悪い。こんな奴にくれてやる拍手はない。耐えかねて店を飛び出すと外にはすでに二人の避難者がおり、俺の後にも女の人が一人悲壮な表情を浮かべて避難してきた。そして、4人で店の入口付近をウロウロウロウロして、ゴミトカゲが歌い終わるのを待っていた。「これだけ酷いんだから、あいつはある種の出禁を食らうに違いない。二度とこの店に呼ばれることはないだろう」と思っていたのだがさにあらず。この日の演者の中で最も店主のお気に召したらしいのはまさかの…。終演後、目にしたネット上に評価の違いが滲み出ていた。思い出したのはあの時の「ぴあ」。個人的に店主の感性を信頼していたこともあり、込み上げてくる怒りの全てが流れるように哀しみに変わった。

昨日、仕事に行こうと黒い傘を差して家を出た。道路沿いに登校する小学生の行列があり、色とりどりの傘、長靴、ランドセルに紛れて歩いた。職場に到着すると、ブレーカーを落としてあり、手動でしか開かない自動ドアと自動ドアの間の風除室に黒い大きな蝶が迷い込んでバタバタしていた。老人が「あの黒いの何や?」と無愛想に言ってきたので語気強く「蝶ですよ!」と答えた。

「何をしとんねん。こんなとこおったらアカン。頼むからどっか飛んでけ」ドアを開けて、持っていたバインダーであおいで逃してやった。


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