コンビニで「心を揺さぶる88の名言」という柄でもない本を見つけて、買った。
88の名言のうち、一番気に入ったのは、なんのこっちゃない、大好きな太宰治の言葉だった。
『私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当たるようです』
陽が当たる方向に伸びて行くんじゃなくて、伸びて行く方向に陽が当たるってのが良いんです。
「飢え」って情けない。
評価されることに飢えていると、どうしても「良い曲」を書こうと思ってしまう。本当は「面白い曲」を書きたいんだけど、「良い曲」を書こうとしてしまう。
個人的には、自分でも良いのか悪いのかわからない、ヘンテコリンな「面白い曲」こそが「良い曲」だったりすることもあるんだけど、私の思う「面白い曲」を「良い曲」だと言ってくれる人なんているわけがないと思うと
以前からちょっと気になっていたライヴハウスがあって、出てみようかなと思って調べてみたら…。
<チケット>
前売 ¥1800/当日 ¥2300(D別¥500)
<ノルマ>
10枚
高いよ馬鹿野郎。
お世辞にも「都会」とは言えない場所にある小さな箱でこれはないだろう。
出れない。
呼べない。
演る意味がない。
一般の人はライヴハウスなんて行かない。ライヴハウスに行くのはちょっと特殊な人たち。そのほとんどが同業者、ミュージシャンという悲しい現状。これを打破しようという気概がライヴハウスには無い。
出演者の金を目当てにしているようなライヴハウスは長続きしない。だからもっと一般の人が気軽に立ち寄れるように工夫して、努力して、そのことを出演者の負担軽減に繋げる一方で、出演者に対する店の敷居を少し高くして、出演者のレベルを上げて、気軽に店に立ち寄った一般の人たちに質の高い音楽を提供して驚かせるーという流れを作れないものか。
ミュージシャンが「良い音楽は人を呼べる」と思えていないことの寂しさと、音楽の魔法にやられて音楽やってるはずのミュージシャンが自分の鳴らす音楽については魔法の存在を信じていないという悲しさを受け止めて、叱咤激励、励まして、顎をクイッと持ち上げてやるのもライヴハウスの大事な仕事だと思う。
音楽をやってるのはミュージシャンであってライヴハウスじゃないんだから。
先日のライヴの模様がYouTubeにアップされました。
ちょっと凹んでる時やなんかに、エロ本を見るかのように隠れてこっそり見てもらって、元気出してもらえたらと思います。
YouTubeで「和田怜士」と検索してもらえれば見られるので、よろしかったら。
4月に音楽活動を再開して以降、ここまで、ブッキングライヴが3回、オープンマイクが3回、制作した音源が6枚。全てに意味があるし、ペース的にも決して悪くないと思う。
1回目のライヴは、バンドの時と同じスタイルで演ってみたのだが、結果的には、やり方を大きく変えないと駄目だということに気付けたことが何よりの収穫となった。なので、ライヴ後、スタジオに通い詰めて、曲のアレンジから歌い方に至るまで、全てを大幅に変更。さらには、練習の合間に音源を4枚制作して2回目のライヴに臨んだ。
2回目のライヴでは、違和感なく、全く新しいスタイルで演ることが出来た。そして、この日のライヴを音源化して販売を開始。これが思っていた以上に売れてくれて、以降、名刺代わりとしても活用できるようになった。
3回目のライヴは、申し分のない、素晴らしいパートナー(ギター)を得たことで、見た目的にも音的にもなお一層「これが俺だ」というものを自覚することが出来た。YouTubeでの動画配信も控えている。
派手に動いているからといって前進しているとは限らない。だから、動き的には、地味に見えても構わない。ひとつひとつの動きについて、意味のある/なしと、意味の内容を考えながら、無駄なく着実に前進していきたい。バンド時代に経験したこと、考えたこと、反省したことの全てを、一滴たりとも無駄にすることなく活かして、結果を出していきたい。
コンスタントに音源を作る。
意味のないライヴはしない。
程よくネットを活用する。
今のところ、計画通りに、いい感じに動けていると思う。
ちなみに、誰が何と言おうが、下手な鉄砲は数撃っても当たりゃしないというのが、私の持論です。