稚性の揺らぎ

私の人生は、私の意思だけではどうにもならない。そして、私の意思と他人の意思だけでもどうにもならない。

人間の人生には、人間の意思とは別に、何だかよくわからない別の力が働いているらしいことを、最近、痛感している。

「流れ」の発端を生むのは、あくまで人間の意思だが、流れが生まれたあとの「流れ方」に関しては、人間の意思を越えた、別の、何らかの力の関与があるように思う。

流れが来たら、見逃さず、ガッ!と掴んで、掴んだものを信じて疑わないこと。流れが来ない時は、流れが来た時のための準備を怠らないこと―これが肝心なんじゃないかと思う。

水がなくて流れもない―そんな干からびた川の真ん中に可愛らしい仔猫がいたことに 、私の『稚性』は大いに揺さぶられております。


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