Monthly Archives: 9月 2011

ディレイン

雨の日、雨がとても綺麗なものに見えてくる音を鳴らすバンドをお教えしましょう。

U2です。雨の日のBGMはU2に決まりです。私は昔から、雨の日はU2を聴くことにしています。

ジ・エッジの弾く、あの深くディレイの効いた独特なギターの音を聴きながら、窓の外を眺めてみてください。きっと、雨もなかなか捨てたもんじゃないと思えてくるはず。

お試しあれっ!

ちなみに、オススメの曲は『with or without you』。透明感のある、深淵なラヴソングです。


子供たちへ

昔、ジョージ・ハリスンがオアシスの音楽を「子供の音楽だ」と言った時、我らが「兄貴」ノエルは、柄でもなくめちゃくちゃ悲しそうな顔をしてこう言ったらしい。

「あんたらも若い頃、大人にそう言われて悲しかったんじゃないのか?」

親が、自分が子供だった頃の気持ちを忘れている。
大人が、自分が子供だった頃の気持ちを忘れている。

そんなことだから、子供が言うことを聞かないんだ。

当たり前だ。

大人や親の言うことなんて聞かなくていいんだよ。あいつらみんな痴呆なんだから。


先日、或る同い年の友人のブログを覗くと、「老体に鞭打って頑張ってきました」みたいな文章があった。
何故、たかが34、5の分際で「老体」なんて言うんだろう。情けない。
どうせ彼は20歳の時は20歳の時で、なんだかんだと「俺ももう年取ったわ」みたいなことを言ってたんだろうし、今は今で、20歳の頃の自分を指して「あの頃俺は若かった」みたいなことを言ってるんだろうし、60歳になったらそれこそ「34の頃?俺もまだまだガキンチョだったよ」とか言うんだろう。目に見えている。
いやいやいやいや、お前は20で既に老いてたんじゃねぇのか?34でさらに老いてたんじゃねぇのか?お前自身がそう言ってたじゃねぇか!馬鹿タレが!だ。だってそうじゃない?

卑怯だ!
オカマだ!
ヘタレだ!

「俺ももうオッサンやし」という言葉はやっぱり、最低の「逃げ口上」やと思う。もし私が女だったら、そんなことを抜かす野郎には絶対に惚れない。特に野郎がバンドマンだったりした日にゃ、全力でビンタを喰らわせて「じゃ、とっとと死ねば?」って言うと思う。

今日、夕食時に、ストーンズのライヴDVDを観た。ミックとキースを見て、「俺、まだまだヤンチャが足りないな…」と思った。全力でヤンチャしてないとあんな音、絶対に出ない。だってあの人ら、もう70近いんだよ!でも、いつも、心からそう思わせてくれるんだから凄い!

俺、もうオッサンやし―あ、そう。じゃ、ミックやキースを語る資格なし!そんなこと言ってる時点でもう終わり。逆立ちしたってあの人らには勝てないって!

だあああああ!ムカつくっ!!

何度言やあわかるんだあああああ!!!


崩壊の真価

「攻め」が生むものは「攻め」みたいです。

「守り」が生むものは「守り」みたいです。

「攻め」から「守り」へ転じる時と、「守り」から「攻め」へ転じる時というのは、「崩壊」が必要なようです。

はい。


臨機応変に

頑張った方が上手くいくことってある。当たり前だ。でも、頑張らない方が上手くいくことだってある。これも本当は、当たり前だ。

頑張る。

頑張らない。

用途が違うだけの話で、いずれも道具は道具だ。


無理でしょう

よく考えたら、「紳助です」ってコメントが入ったとしても、本人だかどうだか確認のしようがないやね。

でも、今一番話をしてみたい人が島田紳助だというのは事実だ。

とかなんとか言いながら、実は、本当に紳助さん本人からコメントが入るのをちょっとだけ期待している。

無理か。


紳助に寄せる気持ち

普段は対人関係をめちゃくちゃ重視していて、他人を自分の目線よりも上に持ってくるほどで、特に友人など、親しくしている人間に対しては神聖視と言っても過言ではないような見方をしているのだが、いざ大きな決断を迫られると、そんな時に限って周りに相談などは一切せず、100%自分で判断して、自己完結してしまう。そうして、他人からの誤解や批判を自分の美学と結びつけて考えてしまう―という紳助の気質が、私にはとてもよくわかる。

あれは、一人っ子気質だ。私も紳助と同じ一人っ子だから、よくわかる。

笑えないよ。紳助さん。