らしくなくて何が悪い

昔、まだ新人同然だった頃のダウンタウンが、ラジオで放送された漫才の中でこんなことを言っていた。

「今日もね、吉本のお偉いさんが僕らの漫才見に来とるわけです。若手はね、ウケてるウケてないやなくて、汗水垂らして一生懸命やってるかどうかなんですわ」

ダウンタウンは、この実に「らしくない」前置きの後に、伝説の「誘拐ネタ」に突入して、客席を大爆笑の渦に巻き込むのであるが、私は、この「らしくない」前置きが大好きである。

何事も初心忘るるべからず。初心を忘れない人はいつも新人で、汗水流して一生懸命やるのである。そして、その甲斐あって、ちゃんとウケるのである。

努力は必ず報われる。


ここにある諦観

世の中には、「戦場カメラマンと介護士は現場に戻る」という言葉があるらしい。
「見返り」を、「儲け」を、ある程度度外視した恐怖とか緊張とかの向こう側にある、大きなやり甲斐に取り憑かれてのことだと思う。実際、私は戻った。

同様に私は、「バンドマンは現場に戻る」とも思っている。「現場」というのは、ステージのこと。実際、ステージ上というのは、恐怖と緊張のルツボなのであるが、でも、それでも、バンドマンは、必ず戻る。一銭にもならんが。

要は、戦場カメラマンや介護士のように、恐怖や緊張が先にきて、やり甲斐が後にくるのか、バンドマンのように、やり甲斐が先にきて、恐怖や緊張が後にくるのかの違いだと思う。

屈折した言い方をすれば、私は、介護士をやっていて、「楽しい」と思わなかったことはないし、また、バンドマンをやっていて、恐怖や緊張を感じなかったことはない。

やり甲斐があるから楽しい。でも、その「楽しい」を感じるためには、恐怖や緊張が必要不可欠なんだと思う。

ただ、私の場合問題なのは、右足と左足が、真逆とも言える方向に「戻ろう」としているということである。片や介護士、片やバンドマン。

俺の人生、どうなるんだろう―本当は、人並みに、毎日不安で、もっすごいビビっている。でも、不思議なことに、「死にたい」などとは微塵も思っていない自分がいる。しかしながら、最終的には、私の人生、ロクなものにはならんだろうと感じている。

で、それでいいと思っている。


釈迦力超特急

最近の私のモットーは、「宵越しの金は持たない」という昔の芸人さんの姿勢に倣って、「宵越しの体力は残さない」である。

今日の体力は今日使いきる。

もし少しでも体力が残っていたら、それは、どこかで手を抜いたということだ。

無意識であろうが、意識的にであろうが、手を抜いたら抜いただけ、成長が遅れる。

人間、成長することに貪欲で、貪欲であるがゆえに積極的であれば、宵越しの体力なんて残ろうはずがない。

一日一日を全力で駆け抜けてやる!


もくろみ座礁

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煙も出ないし匂いもしない―というのでは、いまいち効果が実感できないので、煙が出て匂いもするように改造したろかとも思ったのだが、でも、それやったらはじめっから蚊取り線香買うとったらよろしいがなという結論に至って、改造を思い止まったのである。


誤解回避

違うよ!

『只今感電中』と、『独り言』の間には何の関連もない。それぞれが完全に独立した、別々の意味合いを持った文章です。

長年ブログやってると、たまにこういうことがあるんだけど、な〜んの関連もございませんのよ。

『只今感電中』はただの日記であり、ちょっとした笑い話なんですから。
私は、完全に五体満足で、今日も明日も走り回ります。

『独り言』で私が言いたかったことは…う〜ん…ま、わかってくれる人はわかってくれるでしょう!と思ってます。

深読み厳禁!


独り言

誰一人として助けられない、助けようとしない人間がいる。

人のSOSのサインに気付かない人間がいる。

そういう人間に限って、曖昧な姿勢でもって、曖昧な姿勢に基づいて、全ての人を助けているつもりでいる。

でも実際は、誰一人、友達でさえ、助けてはいない。

アホかお前は。

無駄に歳ばかりとりやがって。

アホか。


只今感電中

最近の悩みと言えば、5日前くらいからずっと続いている右手の薬指と小指の痺れである。痺れは、指から腕にかけてのもので、暇さえあれば揉んでいるのだが、全っ然治らないのである。

痺れって、地味に怖い。なので、職場の先輩に相談したら、「右手ってことは左脳やね。利き腕は右?」って訊かれたので、「はい、右です」と左手を上げて答えている私を見て、先輩が、「だいぶキテるな」と言って大爆笑したのであるが、自分は実は心中穏やかでなく、「これは相当にヤバイな」と思っていた。だって、ボケるつもりは微塵もなかったんだから。

一ヶ月経っても治らないようなら観念して、病院へ行こうと思っている。

何なんだろう、これ。


鳥居の逆説

電柱に鳥居が描いてある。「今度ここに立っションしよったらバチ当たるさかいにな!」という意味合いなのであるが、そこに立っションする奴より先に、そんなところに鳥居を描いた人間の方にまずバチが当たるのではなかろうか。