あの世で逢ったら、曲の書き方教えてくれ!
挿話『象牙の印鑑』
僕が今、一番欲しいもの―それが、象牙の印鑑なのです。
あれはちょうど半年前のことでした。僕は、通勤途中にある質屋のショーウィンドウの中に、あの象牙の印鑑を見掛けて、一瞬にして心を奪われてしまったのです。それからというもの、食事は喉を通らず、夜も眠れず、仮に眠れたとしても、夢の中で象牙の印鑑を見てしまうという始末で…寝ても覚めても象牙の印鑑、象牙の印鑑。
買えば良いではないか―とお思いでしょうが、あの象牙の印鑑は、お賽銭泥棒を生業とする僕のような者にはとても手に届かない高嶺の花のような象牙の印鑑なのです。
そうして僕は、来る日も来る日も想い続けました。あの柔らかい乳白色を想い続けました。するとどうでしょう!ある日気が付くと僕の中に、喪失感としか言い様のないものが出来上がってしまっていたのです!
もちろん、あの象牙の印鑑が僕のものであったという過去はありません。今も昔も、あの象牙の印鑑は僕のものではありません。僕はただ、心から、手に入れたいと願っているだけなのです。だから、決して「喪失」ではないはずなのです。だいいち僕は、あの時あの質屋の前を通り掛かるまでは、シャチハタで十分社会生活を営めていたんですから。にも関わらず…にも関わらずです。今、僕の中にあるのは喪失感なんです。ああ!僕は一体何を失ってしまったんだろう!ああ!シャチハタを握り締めてヘラヘラ笑っていた頃の自分に戻りたい!
「要するに、ハンコをお忘れになったんですね…」
ノックは無用
祭りがずっと続いているような、何かが出たり入ったり灯ったり消えたり回ったりをずっと繰り返しているような、刺激と興奮に事欠かない目まぐるしい生活を「我が日常!」と声高に呼べたら、どんなに素晴らしいだろう。
停滞した水に泥が沈殿していく―みたいな腐ったイメージは、頭の中だけで十分だ。
誰が居て、何を考えて何をしてるんだかわからない部屋の扉を、ノックもせずに、じゃんじゃんじゃんじゃん開けていきたい。
蓋の裏
私は、とても貧乏な家に生まれました。というのも、私の親父が実にストイックな絵描きでございまして、私がまだ幼児期の頃には、全く働いていない時期さえございました。本当に、無一文だったのです。
非常にユーモラスな親父なので、私の心自体が貧困に喘いだことは一度たりともございませんでしたが。
そんな中、夏、たまにアイスクリームを食べられるという段になると、母親がよくこう言ってました。
「この蓋の裏にくっついてるのんが一番美味しいんやで!」
蓋の裏―私の発想はいわば、いつも蓋の裏から発生せらるるものでございまして、本体から発生せられたものではございません。
でも、めちゃくちゃ美味いでしょ?




