『女の決闘』より/太宰治

人は、念々と動く心の像すべてを真実と見做してはいけません。自分のものでも無い、或る卑しい想念を、自分の生まれつきの本性の如く誤って思い込み、悶々している気弱い人が、ずいぶん多い様子であります。
時々刻々、美醜さまざまの想念が、胸に浮かんでは消え、浮かんでは消えて、そうして人は生きています。
その場合に、醜いものだけを正体として信じ、美しい願望も人間には在るという事を忘れているのは、間違いであります。念々と動く心の像は、すべて「事実」として存在はしても、けれども、それを「真実」として指摘するのは、間違いなのであります。真実は、常に一つではありませんか。他は、すべて信じなくていいのです。忘れていていいのです。


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