ある登山家の肖像

一見低く見え、一見美しくも見えるあの白い山を登り始めたある登山家が、自分が実は、いまだ山の麓にいて、山の麓に敷かれた動く歩道のような奇怪な道をただひたすらに逆行し続けていただけだということに気付いたのは、山を登り始めてからちょうど一年が経過した日のことであった。どうりでこの一年間、一向に景色が変わらないと思っていたら、彼はこの一年間、ただひたすらに山の麓で足踏みをしていただけだったのである。ただ、下山は思いの外楽であった。歩いていることが馬鹿馬鹿しくなって足を止めたら、あとは道が勝手に、彼を山の入口の門の所まで運んでくれたのだから。


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