Monthly Archives: 11月 2011

ロマンチックを抱きしめて2

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私は、基本的に、物事を斜めから見るタイプの人間なんですけどね。でも、どうにもこうにも、生理的に好きなんですよ、イベント的なことが。

夏の盆踊りでしょ。それから、それから、冬のクリスマス。

くぅぅぅぅ…。

写真は、今日の、NU茶屋町前のイルミネーションツリーです。

「綺麗やなあ」って思うんです。アホほど素直に、綺麗やなあって思うんです。思えるんです。


裸のランチ

調子の良い時だけ書き込んでる、オカマ的かつ健康的なブログなんて読む意味ねえだろう。

「カッコ悪い自分は見せたくないから」だ?お前がいつカッコ良かったんだ?

調子のいい時に優しくなれるのは当たり前だ。だから、調子の悪い時に何をどう書けるかというのが、ブログやる人間の腕の見せどころだろう。ぬるいこと言ってんじゃねえよ。
俺は書くよ。喜怒哀楽、出来る限り赤裸々に。

正解?不正解?そんなもんどうでもいいよ!正解である必要を感じないし、だいたい誰が正解不正解を決めるんだ?で、そいつが決めた正解不正解は正解なのか? それが、その判断が一番怪しいだろう。

昔、『イッケイノウタ』時代にも書いたけれども、私より11歳上のシンガーソングライターが書いた歌詞

♪調子いい時だけ優しい気持ち…

名言だと思う。これをわかってない奴が吐いて捨てるほどいる。

調子いい時は、人間、そりゃ、何とでも言えるって。でも、そこに技術はいらないって。


逢える魔術師

まず、針に糸を通すかのような緻密にして的確なヴィジョンが閃く。それから、焦点をちょっとずらす。絶妙にちょ〜っとだけずらす。意味合いをちょっと壊す。絶妙にちょ〜っとだけ壊す。

この「ちょっと」や「ちょ〜っと」が、我々の耳に届く頃には「ちょっと」や「ちょ〜っと」ではなくなっていて、さらに頭に届くころには、胃の中でカプセル型の薬がパアーンと炸裂するみたいなことになって、ドーン!と爆発的な笑いが起こる。
ドーン!の前に0.01秒くらいの沈黙があって、これが「緊張」で、その後に「緩和」がドーン!と来て、要するに「緊張と緩和」という笑いの基本と呼ばれる形にはしっかり乗っ取っていながらも、後味としては、基本臭が微塵も残らず、大きな斬新味だけが残るんだから凄い。

「ど、どうも。お、お初にお目にかかります。わ、和田一憩と申します」

「あ、どうも。松本です」

今、心から逢ってみたい人。言葉の魔術師―松本人志。


物理的に重い

リュックに詰めた辞書がめちゃくちゃ重いのである。私は今、「チョロQの後ろに10円玉を差し込んだ人」みたいな歩き方になってしまっているのである。前傾姿勢にならないと、ウイリーしそうな勢いである。しかし、ふと思ったのだが、これは、この重みは、言葉の重みなのである。

言葉で人を殴れるか?殴れます。殴れるどころか殺せます。でも、基本的に、使い方を間違えてます。


その男、(頭だけ)多忙につき

今日はこれから、リュックに英和辞典と和英辞典を詰めて、ティムのアパートへ行って、ティム自画自賛の曲に乗せる詞を作るのを手伝う。まさに「手伝う」という感じで、大きなお世話にならないように気をつけようと思っている。

明日は明日で一日、部屋に閉じ籠って、小松が持ってきた曲に乗せる詞を考えるとともに、昔剣吾くんが書いた曲の詞を改良しながら、さらに時間があれば、私自身の新曲の詞も考えてみようと思っている。実際は「考える」というよりも、「閃くのをじっと待つ」と言った方が正しいんだけれども。

言葉、言葉、言葉。私はこう見えて結構多忙なのである。一見、怠惰な生活を送っているようにしか見えないかもしれないし、実際、そういう見方に対して声を大にして反論できるのかというと、できないんだけれども、しかし、頭の中は極めて多忙。言葉、言葉、言葉なのである。

日々、「言葉」という言葉を考え過ぎて「言葉って何やったっけ?」なのである。

アカンがな。


謎のメカニズム

20歳、24歳、そして、34歳。これは全て、私が本腰を入れてバンド活動を開始した時の年齢である。

20歳の時には、雑誌のメンバー募集を通じて知り合った神戸の某バンドに加入し、24歳の時には、剣吾くんと知り合ってアルファベッツを始動させ、そして今、34歳で立ち上げたのが蝶―バタフライである。

20歳、24歳、そして、34歳。これは全て、私がその時付き合っていた女の人に別れを切り出した時の年齢である。中には、完全に、何の前触れもなく切り出した別れもあった。そして、今にして思えば、これは全て、その時々のバンドが動き出す直前の出来事だった。

私の中に、私自身把握できていない不可解なメカニズムが潜んでいるらしい。


言葉の壁

ティムは決して、日本語がペラペラなわけじゃない。でも、自分の意思を伝えようと一生懸命喋ってくれる。

私は、日常生活において日本人と喋る時の方が、ティムと喋る時よりもずっと、言葉の壁を感じる。
言葉に重みがない。言葉で意思を伝えようとする意思が感じられない。喋っている言葉の9割が無駄口だ。

「こいつら、言葉の使い方を知らないんじゃなくて、言葉そのものを知らないんじゃないのか?」と思うことが多々ある。


忠告〜猫へ

コメントを寄せてくれるのは有難いが、くれぐれも空気を読んで、ここぞと思った時にだけ、ビシッと、ピンポイントで来てくれ。あまり、むやみに連発してくれるなよ。他の読者さんが入って来にくい雰囲気にしたくないから。俺としても、もう二度とキレたくないし。だからホント、頼むよ。

祈るような気持ちだ。


☆907☆

これまで、宣伝らしい宣伝を一切してこなかったという見事なまでの怠惰っぷりにも関わらず、有難いことに、今や100名を超える読者を擁し、月間アクセス数も800を超えてしまっているという孤高のブログ『一憩合格』もこれで、907本目。気付けば900本を通過してしまっていた。
遅ればせながら、いつものように、801〜900本目までの文章をひとくくりにして、タイトルを付けさせていただこうと思います。

いや、これはもう、『読者数100突破』以外にないでしょう。だって、これは本当に、奇跡的な数字なんですから。有難いったらありゃしない。宣伝らしい宣伝、本当に一切してないんですから。
今までマメに、羞恥心なく、赤裸々に書き連ねてきた甲斐があったというものです。そして今後も、毎回毎回書き甲斐があるというものです。本当に、有難いです。ありがとうございます。

ちなみに、あと35本で、『イッケイノウタ』から数えて通算2000本に到達します。
以前お話しした「2000本記念式典(別名「愛読者感謝祭」要するに飲み会)やろうかやるまいか考えているところです。こういうのって、意外と誰も来ないからねぇ…。今のところ、やる確率50%です。だいぶ下がりました。

でも、ま、なにはともあれ、今後ともご愛読のほど、よろしくお願いいたします!


ロマンチックを抱きしめて

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昨日は、スタジオ終わりに梅田界隈を一人で徘徊していた。

見渡す限り、クリスマスムード一色だった(写真はHEPFIVE横の、イルミネーションツリー)。

愛読者の皆さんの中にも、独り身の方、少なからずおられると思います。
大丈夫。クリスマスまで、まだひと月近くもございますよ。「クリスマスみたいなもんは…」と、愚にもつかない負け惜しみを抜かしてる暇があったら、これを機に意中の人にアタックしてみてはいかが?
もし駄目だったとしても、高嶺の花にブチ当たって砕け散るんですよ?本望でしょう。

え?お前はどうなんだって?

もちろん、「昨日の今日」なんで、意中の人なんているわけがないけれども、だからと言って、クリスマス最上の過ごし方を諦めたわけじゃございませんよ。恋を諦めるほど、男として落ちぶれてませんから。

大丈夫。可能性はゼロではございません。だって、まだひと月近くもございますよっ。