特に何の思い入れもない数字。どちらかと言うと嫌いな数字―と、書こうとして思いとどまった。
私がこの数字に思い入れを持たなくてどうする。この数字を嫌ってどうする。なんとなれば、私は生まれてこの方、「一憩」なのだから。

一憩―この変な名前は、私の変な親父が、「一休」を変形させたものである。うちの親父は、我が息子の名前の中に何としても「やすむ」という意味合いの言葉を入れたかったらしい。「のんびり生きていけ」と。で、まず「一休」が浮かんで、これを変形させたのが「一憩」。ということはつまり、「一」は「一休」の名残りで、「一」という字自体に、意味的なものは特にないのである。

ところで私は、「一」はさておき、「憩」という字を非常に気に入っている。「自分の舌に心」と書くからだ。喋るにしろ、歌うにしろ、言葉というものを軽率に扱わない人間の名前という感じがする。下手をすれば、言葉の魔術師にだってなれそうな気配がある。しかしながら、「憩」という字の中にある「心」は、書道の世界では「下心」というらしく、そういえば、言われてみれば、私は生まれつき嘘つきだ。嘘の魔術師だ。

アカンやん。


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