寺方さん伝説

前田さんが、一体何を考えたいのか「考えさせてもらうわ…」なる捨てゼリフを残して工場を去った後、「寺方(てらかた)さん」が入ってきた。寺方さんの凄さは、前田さんの比ではなかった。

寺方さんは、私より二つほど歳上であった。髪型は角刈り、体型はガリガリ。貧相な横山やすしみたいだった。
歯はほとんど無くて、僅かに残っている歯は片っ端から黒くて、笑い方は引き笑いで、物の見事に下品だった。
メガネのフレームがあり得ない折れ方をしていて、折れている部分をセロテープでとめているのだが顔に全くフィットしておらず、常にズレていて、前から見るといつ見ても「殴られた人」みたいだったが、買い替える気は無いらしかった。また、仕事中に着る白い防塵服が、どういうわけだか寺方さんのものだけ3日もすれば黄色く変色しており、若干の悪臭を放っていたが、洗濯する気は無いらしかった。

前田さんが競馬狂なら、寺方さんはパチンコ狂であった。持ち金の全てをパチンコに投入するので、休憩時間の缶ジュース一本を買えなかった。ある日、寺方さんは同僚に60円借りてジュースを買ったのだが、その60円を、僅か60円であるにも関わらず、給料日まで返せなかった。でも、給料日にはちゃんと返した。返したのだが、なぜか恩着せがましかった。

寺方さんの口癖は「俺が怒ったら血まみれやで!」だった。が、私と同僚たちは皆、口を揃えて「寺方さんが血まみれになるんやろな」と言っていた。

寺方さんはしょっちゅう仕事を休んだ。休むたびに寺方さんの身内が犠牲になった。まず手近なところから父親や母親が亡くなり、半年もすれば祖父や祖母、親戚までもが亡くなり始めて、一年後には寺方一族が全滅してしまい、最終的には友人たちまでもが次々に息を引き取った。

そんな寺方さんではあったが、決して「嫌な奴」というわけではなかった。嫌な奴ではなかったのだが、工場の経営が大きく傾き、私を含めた派遣社員全員が一斉にクビになって、クビになったみんなで盛大な飲み会が催された時、寺方さんだけ呼ばれてなかった。


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