Monthly Archives: 5月 2016

6.18 ライヴ告知

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「次はない」的な勢いで、全身全霊を賭して爆発するので、一人でも多く観に来てもらいたいと思っています。
人間が、火薬等を使用せずに爆発する様を見るのは、北斗の拳以来のことになると思います。
※大丈夫やと思うけど、ひょっとしたら、予約しといた方が良いかも…です。

ビートれいしの時事タックル

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⬆︎ねずみ男にしか見えない。

舛添要一の公費私的流用。果ては自分の衣類や、子供に買い与える漫画本まで公費で購入していたことが発覚して、皆、「舛添さんは庶民派だと思ってたのに…」なんて言っているが、いや、だから、頭に「超」が付くくらい庶民派じゃねえかーと思っているのは私だけなのだろうか。

そもそも、何億、何兆といった金に関与するポストに「庶民」を置くこと自体が間違いだと、私は思う。


ロックンロールの帝王

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⬆︎チャック・ベリー

ジョン・レノンが「ロックンロールに別の呼び名を与えるとすれば、それは『チャック・ベリー』だ」と言ったのは有名な話であり、また、キース・リチャーズが、神と崇拝するチャック・ベリーの為に映画を制作、共演した際に、「お前のギタープレイが気に入らない」とチャックに殴られて、殴られたにも関わらず、「他の誰かに殴られたのならまだしも、チャックに殴られたんだから仕方がないよ」と言って一切殴り返さなかったのも、有名な話である。

ロックンロールの創始者の一人であり、89歳となった現在も、演奏は救い難くグダグダながら、現役バリバリにライヴ活動を続けている怪物のようなジジイーチャック・ベリーは、バックバンドのメンバーを固定しないことで有名で、行く先々で地元の、素人に毛が生えたようなミュージシャンを従えてステージに上がる。そして、素人に毛が生えたような奴らを従えておきながら、リハーサルをせず、どの曲をどんな順で演奏するのかさえバンドに告げず、いきなり歌い出すものだから、バンドは非常に困惑するのだが、そうやって困惑しているバンドを睨みつけて、「この役立たずどもが」と罵倒する、めちゃくちゃなジジイなのである。強姦罪か何かで逮捕されたことも何度かある。死ねばいいのに。でも、みんな大好きチャック・ベリーなのである。

最近、そんなチャックのCDをよく聴く。私が持っているのは3枚組のベスト盤なのだが、ビートルズやストーンズがこぞってカバーした、ロックンロールの古典とも言えるナンバーがこれでもかと続く。一瞬の閃きだけを頼りに、作曲からレコーディングまでを僅か3分の内に片付けてしまったかのような、同じようなパターンの曲が延々と続く。食っても食っても飽きのこない金太郎飴。最高。

でも、彼のバックでギターを弾きたいとは思わない。


帰ってきた月下美人 Ⅱ

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2週間に及ぶ入院期間を経て、ようやく我が愛器『月下美人』が帰ってきた。

1回目に故障した時は、ブリッジの裏にある「ピエゾ」という金属板の浮きが原因だったのだが、2回目となる今回の故障は、電池ボックス内の不具合。電池の接地不安定が原因だったらしく、名古屋の工場に搬送され、修理を終えて、帰ってきた。

明日、弦を張り替えて、明後日より新作『Ⅳ』の制作を開始する。音源については、次のライヴまでにあと2枚。『Ⅴ』まで完成させることが目標だ。


ラジオヘッド

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最近、本当にモノラルな音が好きになった。

例えばラジオ。「AMラジオがステレオで聴けるようになった」なんて言ってるけど、私に言わせれば、それだとAMラジオの意味がない。台無しなのである。AMラジオの最大の魅力は、何と言ってもあのモコモコしたモノラル音だと思う。

心細い時ーそりゃまあ私も人間だから、たまにそんな時もあるんだけど、FMラジオのクリアな音は全然、何の救いにもならないのだが、AMラジオのモノラル音には不思議なくらい癒される。この感じ、わかっていただけるだろうか。

それから、AMラジオは、DJもいぶし銀で良い。例えば、道上洋三、浜村淳、桑原征平。あの人たちの声なんて、あれはもう完全にAMラジオのモノラル音に特化された声であって、ステレオで聴くべき声ではない。ステレオで聴いたら、それこそ台無し。ラーメンをフォークで食うようなものである。

ところで、ヒロTとクリス松村は似ている。左目でヒロTを見、右目でクリス松村を見た時のものの見え方を「ステレオ」という。


キャッチフレーズ登場

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バンドをやっていた時には、「バンドマン」と呼ばれるのがすごく嬉しいことだった。光栄なことだと思っていた。『称号』くらいに思っていた。ところが、ソロに転向するやたまに「弾き語りの人」などと呼ばれるようになってしまった。

心外だ。

何度も言うようだが、一体何なんだ「弾き語り」って。世の中に「弾き語り」ほど貧乏臭い言葉が他にあろうか。「落語」の5万倍貧乏臭い。

「弾き語り」と聞いて真っ先に思い浮かべる画は、何年も洗濯していないチェックのシャツを着た友達のいない男が、一切陽の射さないアパートの一室の片隅のボロボロな畳の上に座って、拾ってきたフォークギターを爪弾いている姿であり、その悲壮な後姿である。彼が弾き語るのはどうせ「僕の目はよく死んだ魚の目みたいだなんて言われるけれども、汚染された神田川に浮いていた死んだ魚の目は本当に死んだ魚の目だからもっと死んだ魚の目だった」みたいな歌だと思う。そして、タイトルは何故か『国鉄ブルース』で、サビ部の歌詞はどうせ「パンを買うための金でクレパスを買ったらパンを買うための金がなくなった」みたいなことだと思う。

…嫌だ。絶対に嫌だ。「歌うたい」ならまだしも、「弾き語りの人」呼ばわりだけは絶対に勘弁して欲しい。なので私は、私のキャッチフレーズを「弾き語らない」とした。

そりゃ、歌いもすれば叫びもするよ。でも語りゃしないし、それより何より、ソロだろうが何だろうが、私はあくまでバンドマン。一度たりとも、弾き語りの人たちに負けるわけにはいかない。一度でも負けたら、バンドマンたちに合わせる顔がないんだから。


ガキの王様

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電子タバコ『アイコス』って、いい歳をした大人が人目を憚らずチューチューを食っているみたいでカッコ悪いと思っていたのだが、テレビで、スカジャンを着た浜田雅功が背中を丸めて吸っているのを見た時にはカッコいいと思った。

考えてみれば、浜ちゃんなら、路上でチューチューを食っていたとしても、それなりに画になるような気がする。


ドッペルゲンガーⅡ

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世界に一つだけの顔なので、誰に許しを乞うでもなく、世界に一つだけの生き方ができても良さそうなものです。また、世界には三人だけソックリさんがいるそうなので、世界に三人は似たような生き方をしている人間がいると考えても良さそうです。

昔、私は、とあるライヴハウスで、世界に三人いるとされる自分のソックリさんの内の一人に会ったことがあります。あまりに似ているので、周りの人たちは皆、大爆笑でしたが、当の本人たちは無言で固い握手を交わして、抱き締め合いました。

私は、彼の身体の奥底から「同情するぜまったく」という言葉を受け取りました。彼は彼で、私からの「うるさいよバッタもんが」という言葉を受け取ったと思います。

抱擁を解くと、二人とも不気味な笑顔を浮かべていました。

同じような顔をして。


1ヶ月前告知

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⬆︎昨日の模様②(photo by 瀬戸颯太さん)

1ヶ月後に迫った6月18日(土)園田FUN’sでのライヴは、FUN’sのスタッフであり、ライヴ経験豊富なシンガーソングライターでもある瀬戸颯太さんと、前回、ごろごろでもご一緒した吉田ふくたろうさんと、私、和田怜士の3名でお送りいたします。物販にはもちろん、私の『bootleg』が並びます。

今度は久々に、ドカンと一発、観に来てくれた皆さんと一緒に打ち上げもやりたいねえ。園田駅前、呑み屋には事欠かんみたいやし。

詳細は後日!