キャッチフレーズ登場

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バンドをやっていた時には、「バンドマン」と呼ばれるのがすごく嬉しいことだった。光栄なことだと思っていた。『称号』くらいに思っていた。ところが、ソロに転向するやたまに「弾き語りの人」などと呼ばれるようになってしまった。

心外だ。

何度も言うようだが、一体何なんだ「弾き語り」って。世の中に「弾き語り」ほど貧乏臭い言葉が他にあろうか。「落語」の5万倍貧乏臭い。

「弾き語り」と聞いて真っ先に思い浮かべる画は、何年も洗濯していないチェックのシャツを着た友達のいない男が、一切陽の射さないアパートの一室の片隅のボロボロな畳の上に座って、拾ってきたフォークギターを爪弾いている姿であり、その悲壮な後姿である。彼が弾き語るのはどうせ「僕の目はよく死んだ魚の目みたいだなんて言われるけれども、汚染された神田川に浮いていた死んだ魚の目は本当に死んだ魚の目だからもっと死んだ魚の目だった」みたいな歌だと思う。そして、タイトルは何故か『国鉄ブルース』で、サビ部の歌詞はどうせ「パンを買うための金でクレパスを買ったらパンを買うための金がなくなった」みたいなことだと思う。

…嫌だ。絶対に嫌だ。「歌うたい」ならまだしも、「弾き語りの人」呼ばわりだけは絶対に勘弁して欲しい。なので私は、私のキャッチフレーズを「弾き語らない」とした。

そりゃ、歌いもすれば叫びもするよ。でも語りゃしないし、それより何より、ソロだろうが何だろうが、私はあくまでバンドマン。一度たりとも、弾き語りの人たちに負けるわけにはいかない。一度でも負けたら、バンドマンたちに合わせる顔がないんだから。


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