氷結をもて!
小さな世界の中で、複数の人間が喧しく蠢いていると、まず間違いなく、100%に近い確率で、下品な噂話や誹謗中傷が飛び交うようになるというのはこれ、なにも学校や職場に限った話ではなく、考えて見れば、我らが島国ー日本という国自体がそもそもそういう環境にあるのではないかと思われる。
小さな器の中に、無数の同じ種類の虫を入れたらやがて共食いが始まるが、あれと全く同じ原理でもって、醜悪な噂話や誹謗中傷が巻き起こる。
ところで、私が上記のことを考えるようになったきっかけは、昨今の安藤美姫報道である。「報道」とは名ばかりの誹謗中傷の嵐。ハマカーンではないが、下衆の極み。心からの同情と応援の念を込めて「放っといたれよ!」と思ったからである。
安藤美姫はフィギュアスケートのスペシャリストである。氷上の美姫である。だから、この一点だけを見てやれよと思う。
その辺の凡人が逆立ちしてもできないことをやって魅せて、尚且つそれで世界を相手にしている人の足を、畳の上での逆立ちさえまともにできない下品な凡人が引っ張っている画は、もう一度言うが、下衆の極みだと思う。
氷上でこそ輝く人が日頃畳の上で何をしておるのかなんてことはどうでもいいことで、放っておいてやるべきだし、彼女がプライベートでどうしようがどうなろうが、お前らの生活には何の影響もないだろう…と思って、真昼間ではあるが、ちょっとキツめの酒を飲みたい気分なのである。
表現の牙
見ず知らずの人がやっているブログを幾つか読んでみた。純粋に、探せば中には面白いものもあるだろうと期待しての所業だったのだが、まったくもってどいつもこいつも…。
当たり障りのない文章を偽名を名乗って書いている。
当たり障りのない文章を書きたいのなら、偽名を名乗るな。
偽名を名乗りたいのなら、当たり障りのある文章を書け。
書き手の人物像が一切見えてこず、誰に何を言いたいのかもさっぱりわからない。ある種の「踏んだり蹴ったり」だ。
ブログだって立派な「表現」。切実なものを書くにせよ、辛辣なものを書くにせよ、完全にふざけ切った笑いを描くにせよ、書き手の中に、中の根底に、表現することに対する畏敬の念みたいなものがないと、それを感じさせるようなものじゃないと、とてもじゃないが読めたもんじゃないよ。
え?金にならないから頑張らない?頑張れば金になるとしても、お前らがいくら頑張ったところで金にゃならんと思うぞ。残念ながら。
悪夢
昨夜、ガラスが割れまくる夢を見た。
私の周りで、とにかくガラスが割れまくる。口の中からも割れたガラスが出てくる。次から次へ血まみれのガラスが出てきて止まらず、堪らなくなって吐き出すと、ガラスと一緒に千切れた内臓が出てくる。
場所は焼肉屋らしかった。若い女の店員は「あなたが今、そういう状況だからといって、代金をお返しするとか、そういうことは一切致しかねます」みたいなことを言い、私と一緒に来店したらしい私の友人知人と思しき人たちは、ちょっと奥まった所にある座敷で楽しそうに「旨い!旨い!」と言って肉を食っていた。
単独炎上。ガラスと私。歩けば足に刺さるし、口からはひっきりなしに血まみれのが出てくるし…窮した私は看護婦さんを見つけた。看護婦さんは薬を4錠、私に渡して「はい。これでオッケーです」と言ったが、私にはどう考えてもオッケーだとは思えなかった。
悪夢だった。
訴えられたら確実に負ける記事
四日市ぜんそく、餃子大王、原爆オナニーズ、全力オナニーズ…これらは全て、実在した日本のバンドの名前である。どれもこれも、餃子大王が普通に思えるほどに最低である。が、私の中では、私の感覚的には、どれもこれも、ボン・ジョヴィよりはマシだと思う。
ボン・ジョヴィはアカンだろう。猛烈な勢いで尿失禁した時のサウンドのようでどうも好きになれない。
リーダーの名に至っては、ジョン・ボン・ジョヴィである。猛烈な勢いで尿失禁する前にちょっと出てしまっているではないか。
何だこの文章。
零点記事
ルックスが良くて、頭も良くて、運動神経も良いー100点満点だ。
が、
ルックスが良くて、頭も良くて、運動神経も良いが笑いのセンスがないーこれは0点だ。なぜなら、笑いのセンスがないってことはすなわち、頭が悪いってことで、笑いのセンスがないってことはつまり、反射神経がないってことだから運動神経の有無に絡んでくるし、それより何より、頭の悪い美男美女ほど間抜けなものはないからである。
笑いのセンスさえあれば、どうにかこうにか生きていけるみたいだから、「オモロイ奴だ」と言われる、言われ続ける努力さえ怠らなければどうにかこうにか生きていけるような気がします…か?
何だこの文章。
水も焼ける猛暑の中で
最近よく、見ず知らずの人に頭を下げられる。中には、別に何も悪いことをしていないのに「す…すいません」などと謝罪の弁を述べつつ、腰を屈めて、私の前を横切っていく人もいる。そうかと思えば、私に対してなんら臆することなく、実に無防備な感じで私に接近、道を訊いてくる人の数も増えてきている。
これは一体どういうことなのか。どういう風の吹きまわしなのか。私は考えて、こう解釈することにした。「あの人たちは皆、一憩合格の読者なんだ」と。
つまり、私と直接の面識がない人は、当ブログを通してしか、私の人間性を推し量ることができない。当然ながら、その憶測にはバラツキがでてくる。ある人は「鬼畜のような野郎に違いないぜ」と思い、ある人は「聖人のようなお方に違いないわ」と思う。「鬼畜」と見た人が謝罪の弁を述べつつ頭を下げ、「聖人」と見た人が無防備に道を訊いてくるんだと私は見たのだが、たぶん違うと思う。
何だこの文章。
窮屈の怪物
昨夕、我が家の裏の川の堤防から撮影。沈みつつある太陽から少し左に目を移したところに巨大な建物が見える。方角からして、西宮名塩の高層マンションかと思われる。
西宮名塩ー私の大嫌いな住宅地。山の斜面に同じような形をした白っぽい家がひしめくように並んでいて、その真ん中に巨大な白い板のようなもの(先日、エレベーターであることが判明)が横たわっており、そのてっぺん、山頂にアホほどデカい高層マンションがそびえ立っておる割には、そこに人間がいる、人間の生活臭みたいなものが異常に希薄な住宅地ー西宮名塩。
実際に足を踏み入れたことはない。ただ、車や電車で近くを通りかかった際に眺めるだけなのであるが、視覚的なものだけでもう十分に怖い。目が、極端に低いトーンの、抑揚のない、耳鳴りのような音を拾って、私の中で何かが小刻みに震える。「息が詰まる…窮屈だ」といって、小刻みに震える何かを、自分の中に感じるのである。
恐怖ーま、これからの季節にはもってこいのスポットかもしれないが。




