来た。
ホンマに、完全に、サマソニやがな。
伊丹最北端は、公園の数だけ盆踊り大会が催されるのである。
今日と明日は今日と明日で、「荻野西」という所と、「鶴田」という所で盆踊り大会がある。私の家はこの二会場のちょうど中間に位置していて、どちらかへ行くとすれば、私は迷わず、鶴田の方へ行く。何故かというと、坂上Jr.さんが太鼓を叩くのが鶴田だからである。
と、ここまで書いて、「この感じ、何かに似てるな」と思ったら、サマソニであった。
夏の伊丹最北端は、盆踊りに於けるサマーソニック会場なのである
今年、私は数ある盆踊り大会の中から、「桑田」と、「北野」と、「天日神社」を選んで見てきた。あとは、「鶴田」と、毎年大トリの「高縄手」を見にいく予定で、この二ヶ所はいずれもJr.さんが参戦する。
ITAMI SONIC 2011はまだまだ終わらない!
パートのSさんは非常にボーイッシュな顔立ちをしている。
数日前の朝、私が職場の駐車場兼駐輪場兼喫煙所で煙草を吸っていると、Sさんがチャリンコに乗って勢いよく出勤してきた。そして、チャリンコを止める際に勢い余って急ブレーキをかけてしまい、ガンッ!となったSさんは、とっさにこう言い放ったのである。
「チンコ痛っ!」
早朝チンコである。タイムカードを押すよりも先に「チンコ」である。男前である。
一瞬、Sさんには付いていて、自分には付いてないんじゃないかと思って不安になったのであった。
今朝、仕事に行こうと思って玄関を出ると、庭に昨日までは咲いていなかった赤い大きな花が咲いていて、そこへこれまた大きなアゲハ蝶が飛んできて、私が近づいても逃げる気配なく、花の蜜を吸い続けていた。
「虫の知らせ」というものが、現実に、本当にあるのなら、何か素晴らしいことが起こる前触れのような気がして、胸躍った。
非常に稚性的な私の思考回路は、だいたいいつも、こんな感じで機能している。あまりアテにはならないが、私の個性の生命線といえば生命線である。
ちなみに、今日は久々に、二日酔いでも寝不足でもない。
愛読者の皆さんの中にも、私と同じように、結婚もしておらず、彼氏や彼女もいないという完全にフリーな方の一人や二人はおられることと思う。そして、恋愛に対して夢の一つや二つは持っておられることと思う。今度誰かと付き合うことになったら是非ともやってみたいこと、是非とも行ってみたい場所―という「夢」が、無いことはないだろうと思う。
私には、ある。そして、この夢は、学生時代から現在に至るまで、一度として叶ったことがない。
私の夢。それは―
「嫉妬」である。私は、死ぬまでに、一度と言わず二度三度、嫉妬ということをされてみたいのである。
或る友人の話によると、嫉妬は避けて通るべきもので、決して憧れるものではない、「めっちゃキツいで」とのことだが、いやいやいやいや、そんなことはないだろう。嫉妬されるというのは、きっと、よだれが出るくらい素晴らしい感じなのだろう。
だって、深き愛情がゆえの嫉妬でございましょ?愛情がなかったら、嫉妬なんてしないんでございましょ?ということはつまり、愛されているということの証なんでございましょ?何がどうキツいんだかさっぱりわからん。
というわけで、私は、誰が何と言おうと、嫉妬されてみたいのである。嫉妬するのはまっぴらごめんだが、嫉妬されてみたいのである。自分がまっぴらごめんなことを、他人に要求するなんてのはまことにもって極道な話ではあるが、そこは夢、夢は夢、夢なんだからしょうがないのである。
私は、このブログを愛読してくださっている皆さんのことが、大好きなんでございますのよっ!
皆さんの幸せを、心から祈っておるのでございますのよっ!
このブログを読んでくださっている皆さんは、例外なく片っ端から幸せになってくださればいいんでございますのよっ!
幸せになるのに、手加減は無用でございますのよっ!
私もあなたも、無駄に悩みさえしなければ、常にフ〜ビフビでございますのよっ!
グレートな太鼓の叩き手さんから外人さんに至るまで、あらゆる人がこのブログを読んでくれていて、このブログは日本一のブログで、その日本一のブログを作成している私は日本一で、その日本一な私が作成している日本一なブログの愛読者たる皆さんもやっぱり日本一で、要するにみんな、寄ってたかって合格なんでございますのよっ!
夏。この暑さももう少しの我慢!みんなで元気に乗り切るのでございますのよっ!
聞き上手な人こそを「話し上手」と言うように、待つべき時にじっくりと腰を落ち着けて待てる人のことを、本当の意味で「積極的」と言うのではなかろうか。
「待つ」というのは、「行動」だ。
例えば、三國志なんかを読んでいても、駄目な武将に限って、「待つ」ということができない。君主から「包囲されたら、城門を堅く閉じて援軍を待て」という指示を受けているにも関わらず、「ええい!もう我慢ならん!」などと言って、それが武人としてあるべき姿だと信じて疑わず、勇ましく城を飛び出して、逃げる敵を追って、深追いして、罠だと気付いた時には時すでに遅く、退却しようとして振り返ると、城が炎上している―というシーンは、三國志の中ではほぼお約束とも言えるシーンである。
「待つ」というのは、「行動」であって、時として「攻め」でもある。
thank you!
たぶん
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