見える見えない

「笑いにレベルなんてない。好き嫌いの問題だ」という考え方に、松本人志は真っ向から反対している。「絶対的にレベルの差はある。本物は本物。偽物は偽物や」また、鑑定士の中島誠之助は、声を震わせて、穏やかに怒っている。「もう少しちゃんと勉強してください」素人が骨董に手を出して、ガラクタを名品だと言い、名品をガラクタだと言い、ヘラヘラヘラヘラ笑っている。

レベルの差をないことにしてしまえば、比較されることもなくなるわけで、ガラクタを名品だと信じることができれば、それはそれは幸せなことで。でも、「目」を持っている人からすれば、死ぬほど歯痒いでしょうね。

見えないと騙される。でも、騙されていることに気付かなければ、結構快適に生きていけるんじゃないでしょうか。一方、見えたら見えたで、騙されることはなくても、相当孤独でしょう。

見える。見えない。

確か、北野武監督の『座頭市』のラストシーンは、座頭市は実は目が見えるというオチで、見えるんだけど石か何かにつまずいて、その拍子にこんな台詞が添えられる。「でも、な〜んにも見えねえんだよな」


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