Monthly Archives: 12月 2012

揺れる天秤

当ブログも、残すところ今日を入れてあと3日を予定している。

私は、当ブログをものすごく大切に思ってくれている「愛読者」が、私と直接の面識がない人も含めて、少なからずいることを知っているし、その一方で、自分の言葉を一切発しようとしない、覗き見趣味一辺倒のド変態どもが少なからずいることも知っている。そんなもの、管理人に聞けば一発でわかる。だから、「愛読者」の皆さんのことを思うと、心苦しいというか、「進退極っている」というのが正直なところなのである。

休みたくない。でも、休むべき?
やめたくない。でも、やめるべき?
馬鹿の為に休む?
馬鹿の為にやめる?

当ブログの読者数は、一時期、1000を越えていた。今でも、だいぶ淘汰されてきたとは言え、かなりの人が読んでくれている―という報告を、つい先日、管理人から受けたばかりである。

愛読者の皆さんへの愛情と、覗き見馬鹿どもへの憎悪とを見比べながら、あと3日、よく考えてみようと思っている。


歩くコント

昔、大阪の神崎川沿いにあるレンズ工場で働いていた時、数ヵ月先輩に当たる同僚が、偉そうにパーラメントを吹かしながらこんなことを言った。

「俺はな、仕事、できひんのとちゃうねん。やらへんだけ。わかる?」

彼はとても背の低い、天パ金髪オールバックの、「女に困ったことがない。」が口癖の、自称「資〇堂の社長の息子」で、しょっちゅう仕事をズル休みしていた。そしてたまに、「社会勉強。」と呟いて出勤してくると、根拠なく自信満々で、私のような後輩に対しては非常に態度がデカかったが、上司連中に対しては異常に腰が低かった。

「俺はな、仕事、できひんのとちゃうねん。やらへんだけ。わかる?」

わからねえよと思った。だいたい私は、できひん人間の中でも特にできひん人間が、やらへん人間だと思っているから、笑いを堪えるのに大変難儀した。

私にとって彼は、『歩くコント』以外の何物でもなかった。


井の中の蛙

ひとつの世界に埋没し切ってしまっている人間は、他人もまた、ひとつの世界に埋没し切っていると思っているが、冗談じゃない。一緒にしてもらっちゃ困る。

私には、いくつかの世界がある。私は、いくつかの世界に属している。この世界もあるけれど、その世界もあればあの世界もあって、それぞれ違った自分の顔があって、それぞれ違った友人がいる。

井の中の蛙はうるさい。蛙だけにうるさい。何を言ってるんだかさっぱりわからんが、雑音として、ノイズとして、ただただうるさい。

一緒にしてもらっちゃ、本当に困る。


鑑定眼

最近、無意識の内に、相手の目の奥を深く覗き込んでいる自分がいる。
実際に相手の目を見つめているわけではないが、感覚的に、目ではない目で、相手の目を、目ではない目を、深く覗き込んでいる自分がいる。

こいつは信用できる人間なのか。それとも、信用できない人間なのか。

ちゃんと見ないと間違えてしまう―という怖さが、常にある。


対既成概念

私みたいなもんに、「既成概念を破壊してやるぜ!」などと、遅れてきたロックンローラーみたいなことは口が裂けても言えない。私に言えるのはただ、「既成概念を無視し切ってこますぜ!」ということのみである。

破壊することはできない。でも、無視することならできる。無視することができるかできないかで、状況は大きく変わってくる。

既成概念を無視して、下品な人間を相手にしない。下品な人間を相手にしないことが、既成概念を無視することに繋がる。

どうやら、そういうことらしい。


鰻屋〜嗅ぐな!食え!〜

昔から疑問に思っていたのだが、好きな人に好きと言えないような臆病者に限って、他人の恋愛を詮索したがるのは何故なのだろうか。

他人の恋愛を嗅いで我がの飢えをしのぐ―金があるにも関わらず、鰻屋の前に鼻をクンクンさせて突っ立って、匂いだけで腹を満たそうとしている病的な節約家が、今日も空腹感を誤魔化せたと言って喜んでいる。

我がの空腹感に、飢餓感に、ちゃんと向き合おうとしないから、いつまで経っても、好きな人に好きと言えない。

霞を食ってヘラヘラ笑ってられるのは仙人だけで、普通の人間が仙人と同じことをしておったのでは3日と身体がもたん。と、私は思うのだが、もし、私のこの認識に異論があり、「自分、は、霞、食って、生きて、いける。」と何故かたどたどしくおっしゃる方がおられるのであれば、その方は、私をシバくなり焼くなり刺すなり沈めるなりする前に、是非とも鰻屋のオヤジに匂い代を支払いに行っていただきたいものである。

たまに、私が鰻屋のオヤジだったりする。


いっけちゃん

そろそろ旧友たちに会わないといけない。旧友たちに会って、本来の私を思い出させてもらわないといけない。
かつて、「いっけちゃん」と呼ばれていた男のことを、思い出させてもらわないといけない。

「いっけちゃん」は、ちゃん付けで呼ばれるだけあって、こんなにピリピリビクビクした人間ではなかったはずだ。

いつも緊張している。この緊張の糸がブチ切れて、腰砕け的にふにゃふにゃっと情けなく崩れ落ちる前に、思い出さないといけない男の名は―いっけちゃん。