Monthly Archives: 1月 2014

36歳最後の日

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親戚の中で一番親しくしていた従兄弟が亡くなって、親父の病気が発覚して仕事を辞めて、親父が死んで、散歩しながら色々考えて、ポールの来日公演を観て、仕事を始めて、初めて仕事中に、それも一人で夜勤をしている時に、お年寄りが亡くなるのを目の当たりにして…波乱の36歳だった。そして、やはり「クソ長かった」という印象。クソ長い一年だった。

明日、私は37歳になる。細木数子の占いによると、待ってましたの大殺界だ。大殺界というのは、人が破格の飛躍を遂げる一年のことだ。きっと良い一年になる。

私の36歳最後の日は、非常に憂鬱な雨振りの日であったことをここに記しておく。


純粋は才能だ

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純度100%のロックンロールだ。

「ロック」は時に不純だし、ロックはそれで構わない。「不純である」ということがかえって魅力になるということが多々ある。が、「ロックンロール」となるとそうはいかない。ロックンロールは純度の問題だ。

平均年齢16歳ーザ・ストライプス。

「純粋である」ということについて、若さは大した問題じゃない。「純粋である」というのは才能の問題だ。彼らには才能があるーただそれだけのことだ。

「歳のわりには凄い」とか、そういうことではない。ストライプスもストーンズも、そういうことではない。


天然酵母

今日、うちの母親が、親父が遺した数々の品物の中から、ほぼ未使用の便秘薬を見つけて、私にこう言ったのである。

「便秘っぽい人がおったらこれあげて」

皆さんは「便秘っぽい人」というのを見たことがあるだろうか。下腹部が張っているからといって、便秘とは限らない。また、もし仮に、私が散歩中に「便秘っぽい人」を見かけたとして、私はどうすれば良いのだろうか。そっと近づいてって、懐からおもむろに薬を取り出して、「これ使いまへんか?」と、小声で囁けば良いのだろうか。それでは完全にヤクの売人ではないか。良い歳をした丸坊主の男が懐から薬を取り出して見ず知らずの人に「これ使いまへんか?」はアカンだろう。十中八九通報される。

私は、どうすれば良いのだろうか。


メンタルメタル

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私は、自分自身のメンタル的な疲れについてよくわからない。が、最近ひとつ、気付いたことがある。

私は、メンタル的に疲れてくるとメタルを聴きたくなるらしい。

メタルは、私の学習意欲を微塵も掻き立てないから良い。ビートルズやストーンズやオアシスを聴くとどうしても学習意欲を掻き立てられてしまう。「勉強せねば」と思ってしまう。が、メタルにはそれがない。何も考えなくて良いから気が楽だ。特に、早弾きギタリストを擁するメタルバンドなんてのは最高だ。
メタルは、めちゃくちゃ難しいことをやってるのに救い難く頭が悪そうで、聴く分には良いけど、私自身が演る分には全くもって興味がないから、ただただスカッとする。嬉しくなる。

メタルは良い。アホで良い。現に私は、エンヤなんかよりずっと、イングヴェイに癒される。


アンチ!成人の日

成人の日ー私は行かなかった。小学生の時分から死んでも行かないと心に決めていた。

「あれに行ったら、行ってしまったら、ただ世の中の一部としてだけ生きて、死ぬことになるんだ」と思っていた。あれに行くことは、「世の中のあり方に喜んで従います」って言ってるのと同じことだと思っていた。めちゃくちゃカッコ悪いことだと思っていた。
どこにいるのか「大人」に招かれて、誰が決めたのか「形式」にのっとって、スーツだか袴だか振袖だか、取ってつけたような間抜けな格好を成人式だからと言って恥ずかしげもなく意気揚々と子供丸出しの表情を浮かべてしておきながら、後々、「自由がねえ」とか「個性を認めろ」とか抜かすのは絶対におかしいことだと思っていた。
自分から好き好んで型にハマりに行くような人間に、他人から「今日からあなたは大人です」と言われて「大人」になった気になれるような人間に、自由も個性もへったくれもないだろうと思っていた。

今日もニュースで、性懲りも無く全国各地の成人式の模様が映し出されていた。行かなくて良かったと、心から思った。相変わらずクソ馬鹿馬鹿しい儀式だと思った。

新成人のスピーチ。「我々は大人としての自覚を忘れずー」

笑わせる。

忘れたくなかったらはなっから覚えなきゃいいんだそんなもの。


大阪の泪

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記事にするのが少し遅れた。が、書かないわけにはいかない。

海原しおりさん死去。享年58。早過ぎる。

ベテラン女漫才師の中でダントツに可愛い人だったと思う。歳をとっても不思議なくらい可愛かった。「歳をとるほどに可愛いかった」と言っても過言ではない。
可愛いのに、声やノリは完全に大阪のおばちゃんで、声やノリが完全に大阪のおばちゃんなのに、可愛いかった。

私は、お笑い芸人というのは、教師や医者に負けず劣らずの「聖職」だと思っていて、中でも、しおりさんクラスのベテラン上方芸人は、吉本、松竹を問わず、存在自体が特別な「味」の塊で、身近なる雲の上の存在だと思っているから、こういう人が若くして亡くなるというのは本当にショックだ。

可愛いおばちゃんが去り、愛すべき不良が去り…大阪が、静かに哭いて揺れているのを感じます。


休日光景

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私の彼女と、我が家の飼い犬であり、私の弟ということになっている「オラ」のツーショット。
彼女の慈悲によって、オラの小屋に毛布が一枚増えた。

このように、休日はあくまで休日らしくあらねばならない。