Monthly Archives: 9月 2015

密書

昨夜も夢に親父が出てきた。昨夜の親父は嫌な感じではなく、悪夢ではなかったが、内容があまりに意味あり気なので飛び起きた。

木造の小屋。黄色い裸電球が灯っている。盗賊が密談に使いそうな小屋。
親父が5、6通の封筒を私の奥さんに手渡していた。封筒には、親父の書いた手紙が入っているらしく、親父はその中から一枚の手紙を抜き取り、卓上に広げて、私の見ている前で、手紙の内容について奥さんに説明し始めた。そして、手紙を指差してこう言った。

「ここと、ここは、あえて本当のことを書かなかった」

親父も奥さんも実に穏やかな笑顔を浮かべて喋っていた。奥さんは親父の言わんとしていることをよく理解しているようだった。「やっぱりそうだったんですね」といった感じ。でも私は、見てはいけないものを見てしまったような気がして、物凄く気マズかった。


引火

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昨日、昆陽池公園で「伊丹版サマソニ」的趣きのちょっとした音楽フェスがあって、入場無料だし、行ってきた。で、以前から名前だけは存じ上げているが、顔も音楽も知らない「奇妙礼太郎」という人のステージを観ることができた。

ポルノグラフィティのボーカルみたいな雰囲気(声は全然違う)の人で、歌もギターも本当に上手いと思った。曲によって感情のスイッチを上手く切り替えていたし、ギターも撫でるようにではなく、シバくように弾いていた。でも、セットリストの中心に持ってきているのがカバー曲であり、特に感情を込めて歌い、特に客がノっていたのもそのカバー曲だったから、ちょっと「?」と思った。

ライヴ終盤、ギターを置いて、マイク片手に叫び、客を煽りだすと、そこから先はもう、完全に忌野清志郎だった。「あ、だから奇妙礼太郎か」と思った。

でも、でもでも、上手いのは認めざるを得ない確かなことだった。上手い。

でも、「全然勝てる」と思った。

近々、ホンマにライヴやろうと思った。あくまで、継続してやっていくことが前提だけど。


うるさい!

やはり私は、相当なファザコン野郎らしい。今だに相当な頻度で親父の夢を見る。そしてその大半が悪夢だ。めちゃくちゃ不快で目を覚ます。今夜も、たった今、目を覚ました。

夢の中で親父は「お前の好きな音楽は全然良くない。例えば何だ。あのスマイルってバンドは」と半笑いで言った。私は猛烈に頭にきて、頭にきて…それがあまりに猛烈で不快なもんで目を覚ました。

これはこれで禁じられた怒りだ。

台所に煙草を吸いに行き、「チクショウ」もしくは「チクソー」といった言葉を頭の中で呟いた。

ああ、早く朝になってくんねえかな…。


禁じられた怒り

誰も語ろうとしない。あまりに語ろうとしない。不自然だ。おかしい…と思うのは、実際には、老人という生き物がいかに凶暴な生き物なのかということであり、つまりは、老人の介護職員に対する暴言・暴力についてである。
世間一般でいう「お年寄り」と、介護職員が施設の中で接する「利用者」とでは、檻の外から眺めるパンダと、飼育係が檻の中で接するパンダくらい違う。パンダは、檻の外から眺める分には「パンダ」だが、檻の中で面倒を見る分にはただの「熊」である。

職員の利用者に対する暴言・暴力は許されることではない。だから、断じて日常茶飯事ではないが、利用者の職員に対する暴言・暴力は何故か許されており、日常茶飯事である。私自身の体験についていえば、ある婆さんの入浴後の着衣を手伝っていたところ、「ありがとう。あんたが私の息子だったら良かったのに」と満面の笑みを浮かべて言ったと思った次の瞬間、突然真顔になり、強烈な平手打ちが飛んできて吹っ飛んだこともあるし、頑なに入浴を拒む爺さんにグーで腹をど突かれたこともあるし、服薬介助をしようとした時に指を全力で噛まれたこともあるし、極悪な顔をした爺さんに目を突かれたこともある。同僚の女性職員が入浴後の爺さんに靴下を履かせようとして蹴られて吹っ飛んで泣いたこともあるし、かつての上司は、車の運転中に靴で顔面を思いっきり叩かれたことがあるとも言っていた。私が初めて仕事を教えた女性職員が、金持ちのエロジジイにあからさまなセクハラを受けて、私に報告してくれたこともある。他にも、杖を振り回して職員に殴りかかってくる婆さんや、職員を困らせたいがためだけにナースコールを押し続ける左とん平似の汚いババアなんかがいたりなんかもした。

どいつもこいつもとっとと死ねばいいのに…というのが本音。でも、介護職員は決して怒ってはいけないことになっている。介護職員は高齢者を「人生の先輩」として、あくまで敬うべきだとされている。でも、敬えるかどうか、尊敬できるかどうかは、「人としてどうか」にかかっていることであり、ただ歳をとっているというだけのことで敬意を抱けと言われても到底無理な話だ。また、介護職は接客業だとも言われているが、たいして金を払わないくせに横柄で注文の多い客が多いことも事実だ。

女に手を上げる男は最低だが、絶対に手を上げてこないことをいいことに、男に対して言葉の暴力を振るい続ける女もまた最低だーという私の持論によく似たものを感じる。

「倫理」を名乗る綺麗事が絶えず邪魔をして、人と人の対等な関わりなんて、望むべくもない。


告白

最近、介護施設での事故・事件が相次いでいる。
施設で働いてきた者として、大きな声では言えないが自信を持って言えるのは、あれは氷山の一角でしかないということ。転落死なんて極端な例は別としても、暴力や暴言といった事例は、探せば途切れなく、数限りなく出てくる。実際、私は、現場で利用者に暴言を吐いている職員を何度か見たことがあるし、それを止めなかったし、瞬間的に怒りが爆発して、意識がとんで、キレて、利用者に対して手を上げてしまったことが、私自身、ある。我に戻ったら、利用者の顎の感触を残した右手が震えていた。で、その時、心から「終わった」と思った。

大阪の施設で夜勤をしている時には、ナースの指示で複数の利用者にある薬を眠前薬として服用させていた。服用させる必要性を感じない人にも服用させていた。その薬を飲ませると身体がグニャグニャになって、ろれつの回らない状態になるのは明らかなことなのだが、これを飲んでもらわないことには、20人を越える利用者(確か、平均介護度3.8の施設だった)を一人の職員で見るのは不可能なことだった。
薬でグニャグニャになった老人があちらこちらで転倒し、そちらの対応に追われていると、誰もいないフロアではある女性の利用者が「メェー!」と叫びながらティッシュ・ペーパーを食べていた。

「死ねばいいのに」と思った。

夜勤明けには、毎回5枚くらい事故報告書を書き、事務所に提出しなければならなかった。だから、2時間のサービス残業は当たり前だったが、事故報告書が現場のやり方に反映されるとは到底思えなかった。

夜勤明けには、家に帰る途中にある自販機の前で、天候を問わず、毎回、軽く意識がとぶまで、とばすために、4、5本のビールを飲んでいた。2時間の仮眠時間が与えられていたとはいえ、寝不足極まる夜勤明けだから、4、5本で十分とばせた。酒でとばしたいのは、罪悪感ではなかった。罪悪感なんて、悲しい哉、これっぽっちも感じたことがなかった。ただひたすらに「俺、何やってるんやろ…」という虚無感だった。

年末、施設で行われた忘年会の後、職場では鬼のように厳しい女性の先輩が、ダラダラと涙を流して「頼むから抱き締めてや」と言ってきたので、力いっぱい抱き締めたこともあった。めちゃくちゃ辛いんだろうなと思った。

「やり甲斐」のみが取り柄であり、生命線とも言える世界を、虚無感が覆っている。国は、この状況を改善しようとするどころか、無駄に制度を複雑化するなどして、さらに悪化させている。

求人誌の介護職の欄を見ると相変わらず、「「ありがとう」が嬉しい仕事」なんて文章が踊っている。利用者はおろか、家人にさえ、「ありがとう」なんて、ほとんど言ってもらえないのに。


一憩、71歳男性にシバかれる

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数ヶ月前から指折り楽しみに待ち侘びて、発売日にCD屋に駆け込むなんて、何年振りのことだろう…。

キース・リチャーズ、71歳。24年振りのソロ・アルバム発表!

ロックンロールをやろうが、ブルースをやろうが、ソウルをやろうが、レゲエをやろうが、キース・リチャーズはキース・リチャーズだ!ーというアルバムだ。世界屈指のミュージシャンで周りを固めても、微塵も埋もれない個性がキースにはある。逆に言えば、それしかない(笑)

こんな風に歌えたらなあ…。
こんな風にギター弾けたらなあ…。
凄いなあ…。
カッコいいなあ…。

「随分とまったりしたアルバムだな」なんて思ってると、14曲目でどつかれるよ。