DAKARA

子供の頃、石油ショックでトイレットペーパーを買い漁る人たちの映像を見て「何て間抜けな国民なんだろう」と思って以来、日本人が一斉に同じ方向へ流れるのを見るたび「そっちだけは行かんとこ」と嘲笑う癖が付いた。

俺は大口を叩く人が好きで、謙遜しぃが嫌い。なぜなら、大口を叩く人は言い訳を用意しないけど、謙遜しぃは言い訳を用意するから。大口叩きは物事が上手くいかなかった場合に全てを背負わねばならないし、背負う覚悟があって、その覚悟をパワーに変換するわけだけど、謙遜しぃは「ね、だから私、自信無いって言ったでしょ?」と言って逃げることしか念頭にない。「ゆるくやってます」なんてことを言う奴はその代表格だ。「ゆるく」って一体何なんだ。どうせ後で言い訳するんだろう。「そもそも本気でやってませんから」って。死ねばいいのに。

日本という国は何か問題が起こっても、気持ち悪いくらい議論に発展しない。意見が割れて拮抗するということがない。問題が起こった時点で「よりネガティブな方向へ」と考え方を一本化して、一斉にダァーッと流れてゆくから端っから議論の余地がない。ポジティブな考え方をする人もいるにはいるが、常に少数派で、暗に口を塞がれる。そりゃ、ネガティブなことを考えたり言ったりしてた方が楽に決まっている。後で何とでも言い訳できるんだから。問題が予想に反して好転した場合には「良かったね」で済むし、悪化した場合には「ね、言った通りでしょ?」と胸を張る。いずれにせよ責任を負う必要がない。国民の8割がこういった無責任な人たちで、それが国民性なんだから、何か問題が起こるたびにあの間抜け極まる石油ショックの光景が再現されるのはごく自然なことだと思う。

この国に、他人から聞いた言葉ではなく、自分の言葉が言える人ってどれくらいいるんだろう。大多数の間抜けどもとは違う考え方を持っていて、それがゆえに選ぶ道も間抜けどもとは違ってくるけど、そのことで不安に駆られるようなこともなく、自分が正しいと思う道をリアムみたいな歩き方をしてズンズン突き進める人ってどれくらいいるんだろう。

だから。だから、俺は成人式に行かなかった。子供の頃から行かないと決めていた。自分の個性や自主性について希望のようなものを少しでも抱けるのなら、成人式はいきなりのつまずきで、乗ってはいけないレールだと思った。要するに、死んでもトイレットペーパーを買い漁るような人間にはなりたくなかった。「今日からあなたは大人です」大きなお世話だ。わざわざお前らに承認されなくても俺は俺のペースで俺の思う大人になるよ。

結果、いまだ大人になれずにいる。


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