傑作〜クセになるゴミ〜

前々作『NEW』はかなり良いアルバムだったが、音が機械的で、後半、余計なこと(実験的なこと)をしてダレる感じがあった。前作『エジプト・ステーション』は世界中で売れて、全米1位にもなったが、個人的には、これまで聴いたマッカートニー作品の中で一番駄目だった。音はアナログ寄りになって良くなったのだが、パンチのないメロディーが抑揚なくダラダラと続く感じがあった。だから、今月リリースされた新作『McCARTNEY Ⅲ』に関しては、過度に期待することなく買った。

楽器の演奏からプロデュースに至るまで、全てをポール一人で手掛けたアルバムなのだが、メロディーメーカーとしてのポールを期待すると「金返せ」となることは間違いない。前作以上にメロディーが弱い。「弱い」というか、「無い」に近い。意図的にそうしているようにしか思えない。でも、意図的にそうしていると捉えて、別の角度から聴くと、見えてくるものがある。オアシスがラストアルバムを発表した時に、ノエルが「「聴く」音楽ではなく、「体感」する音楽を作りたかった」と言っていたが、ポールの新作はまさにそれ。音が凄い。「良い音」という意味ではなく、音に訴えかけてくるものがあり、中毒性が半端ない。つまり、音像全体からメロディーを感じ取るようにして聴く、そんなアルバムだと思うし、そういう意味で、やはりこれは、メロディーメーカーだからこそ生み出すことのできたアルバムだと思う。

どんなものを作ればファンが喜ぶのか…なんてことはポール自身、痛いほどよく分かっているはずだし、そういうのなら、いつだって、今すぐにでも作れると思う。でも今作は、コロナの渦中にあって、スタジオにこもって一人黙々と作業をする時間があり、発表する為にではなく「自分の為に作った」と本人が言うキャリア史上類を見ない内省的な作品。不幸中の幸いとでも言おうか、コロナがなかったら覗き込めなかった天才の頭の中…メロディーがないのにあちらこちらにポールらしさの煌きが散見できて、結局はポールのアルバムとしか言いようのない、不思議な一枚だと思う。

ネット上では、「傑作」とか「ゴミ」とか、評価が真っ二つに分かれているが、俺は天才が作ったゴミだと思っている。そして、天才の作ったゴミが傑作でないわけがないと思っている。


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