Monthly Archives: 7月 2012

祈りの煙り

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私は日頃、『わかば』を吸っている。理由はズバリ、安くて旨いからである。

でも、金に余裕さえあれば、本当に吸いたいのは、一番好きな銘柄は、この『ホープ・ライト』なのである。

今日、奮発して購入。久々に吸ってみたのであるが、「どんだけうまいねん!」と思った。

日本一旨い煙草は、間違いなく、ホープ・ライトである。


レノンいわく

レノンいわく、「もっとも傷つくのは、自分が必要とされていないことだ」

「自分」という言葉が鍵だ。

頭数として必要とされているのか、「自分」が必要とされているのかでは、意味が、天と地ほど異なる。

「自分」が必要とされることほど、幸せなことはない。


200円型R指定

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我が目を疑った―ウエハース型扇風機。シュールの極地。まったくもってわけがわからん。
厳密に言えば、「ウエハース型」ではない。これはただ、ウエハースと扇風機を無理矢理合体させているだけで、「ウエハースから扇風機が生えた」みたいなことになっている。巨大な器に大量のうどんを拵えて、そこに車を沈めたものを「うどん型自動車」と言っているようなものである。

また、このウエハース型扇風機には紐が付いていて、首に掛けられるようになっているのだが、こんなものを首からぶら下げて歩いた日にゃ人格を疑われる。


今年もJr.さん

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今年も、桑田公園、Jr.さんが叩いた。

私は、楽器というのは、ピアノであれ、ギターであれ、ドラムであれ、ベースであれ、太鼓であれ、全身でリズムをとって、全身の動きの流れの中で奏でるものだと思っているのだが、Jr.さんはその点に於いて、完全に秀でていると思うのである。

Jr.さんのリズムの取り方は、キース・リチャーズ以来のものであって、完全に、天性のものである。

天才だと思う。


桑田納涼盆踊り2日目

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伊丹ソニック―通称「イタソニ」が始まった。

今日は、私の本命、桑田公園である。

仕事が終わって、大急ぎで駆けつけて、わずかに一時間ではあるが、見ることができた。
どう考えても、ここ桑田公園の盆踊りが、日本最強の盆踊り会場である。


FATHER

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名盤中の名盤。歴史的名盤―レノンの『ジョンの魂』

私は、これが聴けるだけでも、人間として生まれてきて良かったと思う。私が音楽を通じて表現したいことの全てが、理想形が、ここにある。情念の、怨念の、塊のようなロックンロール。

私は、私の娘にも、これだけは絶対に聴いて欲しいと思う。思うけれども、これが、この作品が、私の作品ではなく、レノンの作品であるということが残念でならない。変な話、ここに、このアルバムの中に、私がいる。私が、我が娘に見せたいと願う、私の姿がある。

でも、あくまでも、これはレノンの作品であって、私の作品ではない。でも、オイ!我が娘よ。アンタの親父は確実にここにいる。アンタの親父が、アンタに見せたいと願っているアンタの親父像がここにある。

誤解すな。正しく解釈せよ。私の娘なら、そんなこと、朝飯前だろう。


砂漠に心の水たまり

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24の時、心斎橋にあると或る事務所の扉を開けた。そして、その時そこに立っていた人が、あの時のあの人が、私にとって、今も変わらず、理想の女性なのである。あの時は本当に、一目見て、「出た!」と思った。

化け物かと思うくらい綺麗だった。そして、私のような救いがたいひねくれ者(今よりはるかにひどかった)の話を、何時間にも渡って聞いてくれたのである。

この世に、あの時のあの人はもういないが、あの時のあの人を思い出したい時、私はいつもこのアルバムを聴く。「心臓が破れるほどの美しいメロディを書く」と言われているUKのバンド「キーン」の1stである。私は、このアルバムの1曲目を聴くたび、あの時のあの人を思い出す。

当時、このアルバムはまだ出ていなかったし、私がこのアルバムを初めて聴いたのは、あの人と出逢ったあの瞬間から10年後のことであった。にも関わらず、ここにあの時のあの人がいるのである。

方向性の定まらない漠然とした恋愛願望にやられて、目が泳ぎだして、実際は60点くらいの女の人が90点くらいに見えだしたら、私は、砂漠の中で小さな水たまりを見つけた人みたいな感じで、このアルバムを手にとって、爆音で聴いて、我を取り戻して、ホッと一息、「助かった…」と呟くのである。

自分を安売りしそうだという絶体絶命のピンチ、崖っぷちから救ってくれるものが、幻であろうが蜃気楼であろうがいっこうに構わないのである。


服従の証

ある意味…あくまで「ある意味」ですが、女の人に「優しい人だ」と言われるくらいなら、死んだ方がマシだと思う今日この頃。

以前にも同じようなことを書いたが、あの時と今とでは、根本的に意味が違う。

もう本当に、男として、終わりだと思う。女の人に「優しい人」だなんて呼ばれた日にゃ。


夜の灯に気をつけて

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今日私は、本当は休みだったのだが、施設で夏祭りがあり、そのフォローの為に出勤したのである。

今年初の夏祭り―浴衣に身を包んだ女の人たちを見て浮かんだフレーズは、「夜の灯に気をつけて」だった。夜そのものが灯で、夜の灯に照らされた女の人たちは、なんだかちょっと紫色で、片っ端から妖艶なのです。

そして私はまた、性懲りもなく、自分を安売りしかけた。でも、私の中の女性性(当ブログではお馴染みの阿仁真梨)が私の中で、「アカーン!一憩!」と叫んで、私はハッと我に帰って、市バスに乗って、そそくさと家路に着いた。

家に最寄りのバス停に着いた時、私は、「とにかく頭を冷まさねば!」と思って、写真にあるこの居酒屋に立ち寄って、痩せた手羽先にレモンをぶち搾って、ビールを三杯飲んだのである。

女の人を一瞬でも魅力的だと思ったり、好きだと思ったりする自分が嫌だ。許せない。「学習能力がねぇのかお前は!」と思って、殴り殺したくなる。

男性諸君。

夜の灯に気をつけて。