吾輩は吾輩である

「社会的な尺度で、ものを見る」ということの意味を、このブログの読者の皆さんには、ちゃんと、本当にちゃんと、理解っといて欲しいなと思う。そうして、社会的な尺度でものを見る奴は直ちに、去れ!と。去りやがれこの野郎!と。再三、言ってるんだぜ、俺は!と。

私は、何が嫌いって、「愚鈍」な人間が嫌い。大嫌いなのである。
「愚鈍」って、最低、且つ、最悪である。
「愚鈍」ってどういうことなのか…わからないような奴には指一本、触れられたくない!というのが本音なのである。

嫌なものは嫌と言うし、知らないものは知らないと言うし、理解らないものは理解らないと、はっきり言うというのが、最新型和田一憩であり、『新田茘枝』なのである。

吾輩は吾輩である。


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