Monthly Archives: 11月 2014

新・真面目論

俗に言う「真面目」には、さほど大した意味はないと思う。ただ処世術に長けているだけの話で、特に野郎は、この点に重々注意しないとオカマみたいになってしまう。

自分のやり方・在り方について真面目だと、こうこなくちゃいけない。
「大人の不良道」なる言葉があるとすればきっと、そういう真面目さのことを言うんだろうと思う。

私は不良でありたい。だから、真面目である必要がある。でも、俗に言うところの真面目はまっぴらごめんだ。


バンドマン・ロック

私はあくまでバンドマンである。

私のような者にも「プライド」と呼べるものが一つだけあって、それは今だにバンドマンとしてのプライドであり、誇りである。

とかくバンドマンはナメられがちである。居酒屋の入口で何度「バンドマン入店禁止」の札を見たことか。どうせ「ふざけた野郎ども」くらいにしか思われていないんだろう。でも実際は、バンドマンってみんな真面目なのである。悲しいほどに真面目なのである。クソ真面目なのである。モヒカン頭のパンク野郎だって、ちょっと喋ればすぐわかる。それこそもう絶望的に真面目なのである。ステージ裏の狭い通路で「す、すいません」と言って、どもりながら道を譲るような奴らばかりなのである。己の真面目気質が窮屈で仕方のない奴らが解放感を求めてロックンロールという「不良の神」に心身を捧げるのである。

私は、私より若い、私の後に続くバンドマン達の為に頑張りたいと思っている。世間に「バンドマンのくせになかなかやるじゃねえか!」と唸らせたいがために、できる限り頑張りたいと思っている。

それがたとえ、ステージ上の頑張りではなくても。


煙に巻かれた真実

口の周りの筋肉の衰えが人をより老けてみせるからキスはその抑制に有効だという話を何度か聞いたことがある。キスの動作が口の周りの筋肉を活性化させるというのである。でも、もしそれが本当なら煙草を吸うことの方がずっと有効なんじゃねえのか?と思うのだが、とかく執拗に煙草を喫煙を目の敵にする世の中。そういった真実については誰も彼もが煙に巻いて語ろうとしないから私が語ってみたまでのこと。


ファザリー・コンピューターⅡ

自分ではない何者かを演じて彼に苦渋を舐めさせる。苦渋を舐めるのは演じている自分であって素の自分ではない。
素の自分はいつも、演じている自分の一歩後ろにいて常に無傷。ただひたすらにドリップ方式。演技している中で得たもの、抽出されたものを厳選してすくい取る「ええとこどり」で良い。そして、その「ええとこどり」が演技の質を決める。常に素なんて、とてもじゃないが生きていけない。

「人生死ぬまで演じ切れ!」が我が親父の口癖であった。


ファザリー・コンピューター

私ほどのファザコン野郎はいないと思う。

親父が死んだ今もなお、私は親父との対話の中で生きている。

「なあ、これ、こういう場合、どないしたらええねん親父」と絶えず問い掛けている。

たまに、「なあ親父よ。これってみんなアンタのせいなんとちゃうか?」と思って懊悩する。