ジャンクワードでご満悦

服を「着れりゃ何でもいい」とか、食い物を「食えりゃ何でもいい」とか、携帯を「喋れりゃ何でもいい」とか、車を「乗れりゃ何でもいい」とか言って選ぶ人はなかなかいない。誰しも、少なからず、こだわりを持っています。にも関わらず、なぜ言葉だけは「伝わりゃ何でもいい」なんでしょうか?なぜ、言葉にはこだわりを持たないんでしょうか?

最近、不思議でなりません。


1件のコメント

  1. 「何を求めているか」って人それぞれですよね。
    例えば車の「乗れりゃいい」ですが、車を本当に移動の手段としてしか見てない人も居れば
    高級車を乗る事こそがステータスだと感じてる人もいるでしょうし。
    自分が乗る車に対する条件も
    ・価格
    ・安全性
    ・馬力
    ・乗り心地
    ・居住空間の広さ
    ・デザイン
       :
    などについて、優先順位は人によってさまざまでしょう。

    「言葉は伝わりゃいい」についても同様で、自分の思ってる事が大筋伝われば満足な人は
    特に考えずに発する言葉で事足りるんだと思いますし、言葉にこだわりを持ってる人は
    「自分の感情の細かいニュアンスまで感じ取って欲しい」と思って言葉を選ぶんだと思います。
    特にその1回で終わる発言ではなく、歌詞など繰り返し目や耳に残るものについては余計ですよね。

    何事に関しても意識を持って/こだわって接する事は大事だと思います!
    「何気なく」ではなく、意味を持って言動したいですね(^^)
    素晴らしいです!

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。