Monthly Archives: 4月 2013

日々の泥はドロドロ

私の毒はしれている。あなた方の毒に比べれば、たかがしれている。

私の毒から悪気を取ったら何も残らない。でも、あなた方の毒から悪気を取ったら、取っても、取る前と何も変わらない。

クソ恐ろしい日々。私は、ベタで派手、とって付けたような毒でもって対抗、何とかやり過ごしているが、あなた方はいつも、我々にはそもそも毒などないと言い張っている。


極悪

口が軽いって最低だ。

口が軽いって最低だ。

口が軽いって最低だ。

口の軽い女は、年齢を問わずオバハンだ。

口の軽い男は、年齢性別を問わずオバハンだ。

口が軽いって最低だ。

極悪だ。


噂の蔓延

噂の蔓延ー要するに皆、忙しさにかまけて暇なんだろう。

「くだらないことに付き合っている暇はない!」と心から言えるようになるのは、我が身に、全くもってくだらなくないことが降りかかってきた時である。

噂の蔓延ー要するに皆、忙しさにかまけて暇なんだろう。


今こそすべて〜all you need is now〜

どう考えても人生一回きりなので、一分一秒たりとも、不本意な時間を過ごすのは御免だと考えております。人間、本当に、いつ死ぬかわからない。

日本人は我慢とか忍耐とかが好きです。我慢した分、忍耐した分、後で何かしらの見返りが必ずあると信じ切っていますが、人間、本当に、いつ死ぬかわからない。

二度とない、比較的若い自分の時間を、存在する保証のない老いた自分の為に犠牲にするなどというのは、私には到底考えられません。アホか。

「今が良ければなんでもいいんです」的なことを言う私に、「今が良ければなんでもいいのか!」みたいなことを言う人が多々いますが、私にそういうことを言う人の「今」に限って、救い難くガタガタだったりするので、私は、「今が良ければなんでもいいんです」と、必要以上に胸を張って言うことにしています。


戦々恐々

人生には、無数のシナリオが用意されています。で、これを意味合いというか、「色彩」というかを見て、幾つかの大きな塊に分けることが出来るように思います。俗に言う「人生の節目」というのは、この、シナリオを大きく仕分ける際に引く線のようなもののことを言うのだと思います。

人生に無数のシナリオがあって、そこに節目があるとすれば、今度はそのタイミングを掴む能力というのが非常に大きな意味を持ってくるように思います。今、自分がどこにいて、どこへ向かおうとしているのか。「流れを読む」とでも申しましょうか。

気を付けてはいたのですが、私は少し遅れてしまったようです。シナリオの更新されていくスピードが思っていたより速く、目測を誤った為に、「節目」の到達時期を読んで、適切に判断して、決断して、行動に移すタイミングが少し遅れてしまったようです。焦りながらも手は打ちましたが、いかんせん、ちょっと遅れてしまいました。

私は今、身体の半分を前のシナリオに残したまま、残りの半分を次のシナリオに乗せているような感じです。次のシナリオにいる自分が、前のシナリオ
にいる自分の腕を引っ張っているような不自然極まる有様で、全くもって落ち着きませんが、来月半ばを皮切りに、時間と気持ちに余裕をもって、この遅れを一気に取り戻すつもりでいます。そうして、全身で、次のシナリオに向かっていこうと思っています。


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夕方まで、家から一歩も外に出ず、部屋に閉じ籠ってぼんやりしていた。漠然と、色んなことを考えていた。思考は若干、あまり良くない方向に傾いていた。
夕方、散歩に出掛けた。霧雨の空に虹がかかっていた。「考える」ということの一切をやめたくなった。


嗚呼ダメ男

夕方に仕事が終わりました。何だか救い難く心細いので、近所の中古CD屋で「スカーレット」の入っているやつを買って、ウォークマンにぶち込んで大きな音で聴いてたらさらに輪をかけて心細くなってきたので、急ぎバスに乗り、家路に着くと見せかけて家の近所の居酒屋に立ち寄ってビール片手にホルモン焼とカレイの塩焼きを食べてたら、ちょっと前まで大好きだった独り酒が、これが、微塵も楽しくなくて、心細さが募っていくばかりなのでした。

どうすれば救われるのか、本当はわかりすぎるくらいわかっていたのでした。そしてその方法はたった一つだけで、それ以外のことは何をしても無駄だということもよくわかっていたのでした。


頭痛が痛い

以前にも同じことを書いたと思うが、ここでもう一度念の為、愛読者の皆さんの名誉が傷付くのを未然に防ぐ為、書いておきたい。

都会でよく見かけるあの、人間を運搬するベルトコンベアのようなものの名称は「動く歩道」である。よく「歩く歩道」などと間違えて呼んでいる人を見かけるが、「歩く歩道」だったら、それはただの歩道である。

ただでさえ、便利なんだか便利じゃないんだかよくわからない動く歩道。「歩く歩道」となるとこれはもう便利とか便利でないとかで語る次元のものではなく、ただ漠然とそこにあるものを無駄に長々しく呼んでいるだけのことになってしまうのでご注意を。