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超短編小説『堀井ヴァイブル』(上)

〈1〉山の天気は変わりやすい。

〈2〉にも関わらず?だから?綱渡り師の彼は次なる表現の場を山の上の方、上の上の方、濃過ぎる霧が立ち込め過ぎていて、下界から完全に隔離されている山の上の上の方に決めた。

〈3〉つい先日まで、彼は下界において世にも珍しい「ギター綱渡り師」であった。長い棒の代わりにギターを、仏壇にお供え物を捧げる時の格好で持ち、「我が将来に不安無し!みたいな」とでも言いたげな緩んだ表情を浮かべて、地上2Mという、羞恥心があれば絶対に「綱渡り師」を名乗れない低い位置に張った綱を渡り歩いていた。

〈4〉ある日、「絶望的過小評価」とバックプリントされたヨレヨレのTシャツを着た彼は熱烈な恋に落ちた。ルックスが良いわけでもなければ、恋のテクニックに長けているわけでもないことを痛いほど自覚している彼は持ち前の「気合」、彼が言うところの「綱渡り師のプライド」に全てを賭けてその女子に全てを打ち明けた。するとその女子はとっさにしゃがみ込み、カバンから24色のクレヨンを取り出すと黒のみを使って「失敬な!」と自分の額になぐり書いてから「アンタ、自分の足元見たことあんの?」とまくし立てた。女子的には目の前に立ってプルプル震えている絶望的過小評価男の経済的なこと、社会的なことに言及したつもりであったが、なにを思ったかその男は「地上2Mはさすがに低すぎたか!」と思い、悔い、赤面して、「君はバーミヤンでベン・ジョンソンを見たことがあるかい?俺はない!」と喉が破れんばかりに叫んでその場を走り去り、翌日にはあの山の上の上の方に行くことを決心したのである。

〈5〉もはや彼にギターは必要なかった。「どうせ誰も見てねえんだから」と呟いて、山の麓の質屋に赴いてギターを売り、売った金で買えるだけビールを買うと、昔、リサイクルショップで買った台湾製冷蔵庫に詰め込んでこれを背負い、山を登り始めた。

〈6〉下界が遠退いていく。自分が自分から遠退いていく。

〈7〉「なあアンタ、もうこれ以上は登山不可」と、五・七・五のリズムで書かれた看板の所にたどり着いたのは、彼が山を登り始めてから3日後のことだった。そして3日間、彼の生命を支えたのは他でもない、ビールであった。ぬるいビールであった。ぬるいサッポロビールであった。彼にとって、それは今や嗜好品ではなく、紛れもない「生命の水」であって、ぬるい冷たいを論じている場合ではなく、無人の山奥に電源的な物が無いことなど少し考えればわかりそうなものを、無計画に台湾製冷蔵庫を背負ってきた誤算中の誤算など彼にはもうどうでもいいことだった。

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プロフィール

いっけい

ビートルズ好きの両親の元、ビートルズを子守唄に育ち物心が付く前から音楽に慣れ親しむ。
学生時代からいくつかのバンドを結成し関西を中心にライブに明け暮れる。
現在はソロでの音楽活動に加えイラストも手掛けるマルチアーティストとして活動の幅を広げている。

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