「女」の「又」に「力」と書いて努力の「努」という字は成り立っている。
人間が一段階上に進む時、一段階成長する時というのは不思議とめちゃくちゃ苦しくて、辛くて、へこたれそうになる。成長が「新しい自分を産む」ということであれば、そこに産みの苦しみみたいなものがあるというのは至極当然で、逆に言えばその苦しみこそが自分が成長する兆しと捉えて、喜んで迎えてしかるべきなのかもしれないが、苦しいんだから喜んでいるような余裕はないし、「苦しっ!ウフっ」などと喜べる奴はやはりただのドMでただただ気持ちが悪い。が、やはりこの苦しみ、壁を乗り越えねば新しい自分はいつまで経っても産まれないというのは確かなわけで、やはり人間、無理矢理にでも前向きな思考の元に動かねばならん時というのはあるなあ、などと最近思っているのである。
ところで、ギターを弾き始めた人間がまずぶち当たる壁が「F」である。「F」が弾ければそこからクワッ!と世界が広がるのであるが、この「F」でつまづいてギターを諦める人がいつの世もあとをたたない。「F」さえ弾ければもの凄く複雑なコード(俺には無用なコード)以外は全て弾けると言っても過言ではないのだが、ギターを弾き始めた人間にとってこの「F」というコードはまさに新たなる自分を産み出す際の「産みの苦しみ」そのものであり、「壁」そのものなのである。で、この「F」。いつ、どのようなタイミングで弾けるようになるのかというと、これが「ある日突然」なのである。昨日まで全く出なかった、出せなかった音が、日をまたいで今朝、あれれれれっ?出たぁ!―まさにこんな感じで、本当に「ある日突然」なのである。
種を撒く。毎日欠かさず水をやる。ジョウロを手にするたびに開花しているところをイメージする。時間が流れて季節が変わる。昨夜までつぼみだった。今朝、大輪の花が成っていた。
新たな自分は、日々の努力とイメージと「楽しみに待つ」という前向きなる忍耐を経て、ある日突然産まれる。
コードF
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