「社会」という言葉の根っこにある考え方は早い話が多数決だろう。大多数の人間がある方向にドッと流れて、その方向が本当にイケてるのかどうかといった議論を抜きに、とりあえずこの流れを「ナウい」と認定する暗黙の了解の下、「社会」と呼ばれるものが日々更新されるんだろう。
日々更新される。ということは日々形を変えるわけで、実に不安定なものということだ。例えば「社会はそんなに甘くない」と言う言葉は昨日と今日では意味が異なるということだ。
だいたい、「大多数の人間」というのが信用できない。ゴールデン・ウィークに高速を渋滞させたり、サザンのライブに足を運んだりしている人たちが「社会」を日々更新している張本人なのだとしたら、俺は「社会的に終わってる」とか何とか言われてもいっこうに構わないし、逆に嬉しく思う。
「ロック」の一般的な定義は「反体制」とか「反社会」だ。こうやって「社会」なるものの成り立ちを自分なりに熟考してみた後でこの「ロック」という言葉に触れてみると、これがただカッコいいだけのものじゃなくて、思想的に物凄く正解なものなんだなということに気付く。
やっぱり好きだ。ロック。疑いの余地なし。
社会の窓から
トラックバック(0)
トラックバックURL: https://ikkei.me/mt/mt-tb.cgi/160

コメントする