泣き止んだ女刑事が自分が何をしにここに来たのかを思い出すまでの束の間、冷たく澄んだ静寂が直立不動、後ろで手を組んだ姿勢の中華のオッサンの口から流れ出て部屋全体を満たしていた。
「で」何をしにここに来たのかを思い出した女刑事が沈黙を破り喋りだすと同時に、中華のオッサンは台所へ戻り再び汚物を量産し始めた。女刑事は続けた。「で、そうや、思い出した。お前やろ?やったのん。証拠はないけどこういうことは大概お前やねん。お前に決まってんねん。お前がやったって証拠もないのに決めつけてかかってんねん今、私。な?お前やろ?5年前、あの商店街の門の下にあるたこ焼き屋にスーパーボール横流ししてたんお前やろ?もうええ加減吐いたらどないや。なあ?オッサンよ」女刑事の同意を求める声と視線を背中で受け止めた中華のオッサンは自分の手元を見つめたまま「ホンマ、そいつそう見えて結構あれですわ」と答えた。麦乃助は左手に携帯を握りしめたまま、うつむき黙っていた。
中華のオッサンが汚物を量産している台所を除けば、部屋にはまだ先程の静寂の残り香が漂っていた。麦乃助はそれをありったけの想像力でかき集めて鼻クソのように丸めて固めると、自分の両耳に捩じ込んだ。
麦乃助は今、無の世界にいた。
〈続く〉
小説・木元麦乃助の憂鬱〈転〉
トラックバック(0)
トラックバックURL: https://ikkei.me/mt/mt-tb.cgi/224
コメントする