般若の面を見ていられる時間はウルトラマンが地球上で戦える時間に等しい。
声にならない言葉が排水口に髪が絡み付いていく時の不快な速度で喉を詰まらせていく。
耐え難く息苦しくなるまでの時間は年々短かくなっていった。
3分が2分に。
2分が1分に。
1分が30秒に。
30秒が15秒に。
15秒が10秒に。
9秒。
8秒。
7秒。
6秒。
5秒。
戦うことを諦めたウルトラマンは地球上に降り立つ度に「ごめん」と小声で心なく謝るやいなや、全てを振り切るようにして飛び去るようになってしまった。
民衆はウルトラマンがやって来ると迷惑そうな顔をした。
仕事終わりの居酒屋でビールを焼酎に切り替え、生粋の酒豪たる自分がいよいよもって勢い付き始めたことを何気に周囲にアピールしているオヤジなどはウルトラマンが現れても席を立とうともしなかった。
大気圏とオゾン層。
地球を慎重に4等分したものを手荒く3つに裂いたような大きさしかない貧相な惑星に逃げ帰ったウルトラマンはその惑星唯一の小さな病院に流れ込んだ。
年配の女医が「ビョウキです」と診断結果を告げるとウルトラマンは「悪役になりたいです..」と呟き哭いて、場に沈黙をもたらしたが、その沈黙は意外な角度からの鋭利な言葉によっていともたやすく打ち破られた。
「あなたが生き延びるにはそれしかないでしょうね」
先程から女医の隣に神妙な面持ちで「手鏡」と呼ぶには大き過ぎる鏡を持って突っ立っていた通りがかりの美女が言うと、女医は笑いを堪えて2度咳をし、「はい、次の方どうぞ」と言った。
ウルトラマンが無言で席を立ち、出口の所で振り向くと、あの通りがかりの美女が何の断りもなく鏡を女医の膝の上に置き、女医の前に座って診察に臨んでいた。
鏡に映る美女の顔は何故か歪んでいた。
女医は膝の上の鏡に細心の注意を払いながら軽く身を乗り出し、美女の目の前に左手の薬指を突き立てると「これ、何本ですか?」と問うた。
「見えません」大きく目を見開いて美女は答えたが、ウルトラマンは驚かなかった。驚くどころか「やっぱりな」と思い、今だかつて体験したことのない、しかし漠然と夢見てはいた不思議な安堵感に包まれて静かに診察室を後にした。
超短編小説『カラータイマーズ』
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