大阪在住のうたうたい&絵描き&詩人 和田一憩(わだいっけい)のブログです。最新情報も随時配信していますので要チェック!!です。 携帯サイトはコチラ

超短編小説『ミノルとシンジ』

《実年齢と精神年齢との間にかなりの距離を感じる。そして、その距離はここ数年で一気に広がってしまったように思う》





とある競技場にランナーが二人。二人は歳の近い実の兄弟で、兄の名を『ミノル』、弟の名を『シンジ』といい、二人は「ソウルメイト」とでも呼べる程に仲の良い兄弟(若干、口は悪いが)であった。そして、親から一体どんな教育を受けて育ったんだか、お互いに「二人で一人」的認識があって、兄弟間でのライバル意識や競争心といったものは昔から皆無に近く、その代わりに「二人なら最強」という、端から見ると不可思議で正直ちょっと気持ち悪い、漫才コンビさながらの強い絆があった。したがって今回、二人揃ってこの競技場を訪れ、一緒にグラウンドを走るというのも、決してスピードを競おうというのではなく、ただ単に「たまには体を動かさねば」的な動機だったのであるが、動機は動機、過程は過程、結末は結末、予定は未定。いざ走り出してみたら...!?

な、物語。

よくTVのマラソン中継の感動的ラストスパートシーンで見かける、楕円形の大きなグラウンド。人気はなく、雲の上から見るとごくごく小さな影が二つ動いているだけといった感じに違いない平和な昼下がり。「雲の上から見ると」平和な昼下がり。

ミノルがシンジの前を走る。そしてグングングングン差を広げていく。シンジが後ろから「お前は待つということを知らんのか、ボケ!」と叫ぶ。と、ミノルが振り向いて「それは俺の脚にゆうてくれや、アホンダラ!」と怒鳴り返している。

誰もいないはずのスタンドでは、イチャつきながらコンビニ弁当を食べていたカップルがこの光景を見て腹を抱えて笑っている。そして、そのカップルの女の方がおもむろに鞄から携帯を取り出して友人にTEL。「い、今、め、目の前、め、めちゃくちゃオモロイことになってるから、で、出といで」などと言っている。

一方、グラウンドではなおも二人は走り続けている。無闇に走り続けている。何故か走り続けている。二人の差は広がる一方で、差が開けば開くほどに二人の声は大きくなっていく。

「お、お前、ちょっとは手ぇ抜け..っていうか脚抜けやボケ!」「アホンダラ!この状態で脚抜いたら俺、転がっていってまうやんけ!」「そこをなんとか!」「だからそこをなんとかしたら俺、転がっていってまう言うてるやんけ!」「じゃあ転がったらええやんけ!転がってしもたらええやんけ!」「お前、走ってる最中にいきなり自分の脚抜いて転がってる奴見たことあるんか!?」「斬新でええやんけ!」「アホか!!」

その頃スタンドでは、先程の女が呼んだ友人が友人を呼び、その友人がまた別の友人を呼び、その別の友人がまた別の...と絶えず連鎖を繰り返し、今やその笑い声は競技場全体を揺るがさんばかりの渦となり、それに気付いた近隣の住人はじゃじゃ馬と化して我先にと飛び出してくるわ、警察は出動するわ、競技場のぐるりには先を争うようにたこ焼き、いか焼き、とうもろこし焼きなどの出店がその筋の方々に無許可に次々と出たりして大変な騒ぎとなっていた。

四方八方から圧し寄せる怒号のような笑い声の渦の中、兄弟はデッドポイントを越え、ついにはランナーズ・ハイの境地に突入。狂ったように笑い始めていた。訳もなくただただ笑い始めたのだ。

「ウヒャヒャヒャヒャ!」「ふにゃふにゃの冷やし明太子を一回カッチカチにしてからまたふにゃふにゃにしてみました!」「ウヒャヒャヒャヒャ!」「里見浩太朗はマヨネーズの足の裏です!」「ウヒャヒャヒャヒャ!」

スタンドから笑い声の渦。グラウンドから兄弟の狂笑。上空にはよろめく報道関係のヘリコプターの羽音。

と、突如、これら全ての音が一つとなり、この世の最も低い所から最も高い所へドーン!と打ち上げられて、ヘリコプターがやはり同じくドーン!と音を立てて落下炎上した瞬間、このグラウンド、スタンド、競技場を中心とした周辺地域全体が完全なる静寂、無音の世界に包み込まれた。それはちょうどグラウンド上、周回遅れでシンジがミノルに追い付かれてしまった瞬間の出来事だった。

物音ひとつしない無音の世界。スタンドの人々は兄弟二人を監視するように凝視し、二人は立ち止まって顔を見合わせ、冷たい鉄の棒のようになって突っ立っていた。

見ると兄ミノルは子供のような表情を浮かべて、静かに涙を流していた。そして一言、「ごめん..」と言った。その言葉を聞いたシンジはしばらく何も言わず、黙って、自分たちの足跡でいっぱいの地面を見つめていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、後ろ手に後ろを向き、スタンドを見渡した。

スタンドで自分たちを見つめている人々は、二人の間に次に何が起こるのかを見逃してたまるかとばかりにまばたき忘れてドライアイ。カッと目を見開いていたが、中に一人だけ、スタンドの一番高い所、大きな男二人に挟まれて座っている女の子だけが鼻筋に両の手の親指のラインを沿わせるように手を合わせて、目を閉じているのが見えた。

シンジはその女の子に向かって「そこのスタンドの一番上でアホみたいな顔した野郎二人に挟まれて窮屈そうにしてる女の子ぉ!おーい!」と笑いながら呼び掛けて、「わーった。わーった。わかったよ。君に免じてな。あくまでも君に免じてやで、ホンマに!」と言い、ミノルの方を振り返るや何も言わずにそっと抱き締めた。

すると、スタンドの人々は次々に立ち上がり、口々に二人を罵りながら、我先にと蠢く虫のように出口に群がり、競技場から出て行った。

その後、炎上するヘリコプターから這い出てきた見るからに情けない劣等感の塊のような男の頭を左足で踏みつけた姿勢的には実に不安定な状態のシンジの腕の中で、ミノルは笑い泣きながら「転がれるんやったら転がっとるっちゅうねん、はなっから」と言い、シンジは「そやな」と言ってウヒャヒャヒャヒャ!と快活に笑った。

スタンドでは先程の女の子が満面の笑みを浮かべながら手を叩いていて、その周りにはまるで女の子を護衛しているかのような形で男女合わせて10人くらいの優しそうな人たちが軽く腕組みをして立っており、笑顔でミノルとシンジを見つめていた。

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プロフィール

いっけい

ビートルズ好きの両親の元、ビートルズを子守唄に育ち物心が付く前から音楽に慣れ親しむ。
学生時代からいくつかのバンドを結成し関西を中心にライブに明け暮れる。
現在はソロでの音楽活動に加えイラストも手掛けるマルチアーティストとして活動の幅を広げている。

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