勝ちはなく、負けだけがある戦いが続いたんです。
例えば会話。一憩は会話というものは勝ち負けの問題じゃないと思って生きてきた。でも、勝ち負けの問題だと思って生きてきた人に対しては「意見を戦わせる」ことが礼儀だと思って戦い続けた。そして負け続けた。負けるたびに支払っている『何か』があることに気付いた時にはもう、心の財布は底をついていた。
負けがこんで、すっかり相手に頭が上がらなくなっていた一憩は、勝負の場に招かれると断れなくて、その都度戦い、その都度負けた。でも、一憩は『無一文』。気付けば負けるたびに相手に借りるようになっていた。負ける→借りる→負ける→借りる。一憩はこの悪循環から逃れることが出来なかった。
戦う前から勝ちを確信している人間相手に、戦う前から負けを確信してる人間が戦い続けていた。
「もう戦いたくない。無駄だ」私には一憩の心の声がよく聞こえたが、あの騒々しい悪循環の中、私の声が一憩に届くことはなかった。
阿仁真里(2/5)
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