まずは後ろで髪を束ねておく。それから、利き腕とは逆の方の足を軸足にして立ち、もう一方の足を軸足の方向へ軽く「く」の字に曲げ、「く」の字に曲げた方の足先のみ軽く爪先立ちのスタイルをとる。それから、顔を少しうつむき気味にし、両手で頭の後ろ、髪の結わえてある部分に、髪の乱れを気にしているような風情で軽く触れる。
以上が、盆踊りや花火大会などの際に、男が最も「やられる」と思われる浴衣姿の女性の仕草、姿勢です。
心理学の本を読んだり、絵を描いたり、クラシック音楽を聴いたりしている内に考えるようになったのは、「自分の中に周りの環境に左右されない自分の時間の流れを持ちたいな」ということ。
例えば、動物には変温動物と恒温動物があって、変温動物の体温が周りの温度に左右されるのに対して、我々人間を含む恒温動物の体温は周りの温度に左右されることなく、一定の温度を保ち続ける。同様に「時間の流れの感じ方」において俺は恒温動物になりたいなあと最近、思うのである。
時間の流れ方というのは、大阪と伊丹では全然違うし、さらにその感じ方というのは十人十色、てんでバラバラ。そんなこんなで、人によって歳のとり方も違ってくるんだろうと思う。
今までの俺は、特に大阪にいた時の俺はあまりに周りの時間の流れ方に左右され過ぎた。急かされたら急いたし、焦らされたら焦った。自分の中に自分のタイム感がなかった。だから、その結果、自分が自分でいることにさえも違和感を覚えるようになってしまった。
ここらでグッと、ググゥ〜ッと自分の中の時間の流れを緩やかに、穏やかに、自分に合うものにしていかないといけないなと思う。
周りは周り、俺は俺。周りの一分一秒は必ずしも俺の一分一秒と同じではない。何事にもブレない自分の時間軸を自分の中心に、背骨の如くに打ち立てたい。
時間の恒温動物になりたい。
最近、普通にクラシック音楽を聴くようになった。ロックを聴く感覚で普通に聴けるようになった。
きっかけはレンタル落ちで買ったフジ子ヘミングの『ライヴ アット カーネギーホール 2001』というアルバムで、これを繰り返し聴くうちにメキメキとクラシックの面白さに目覚めてきて、次にチャイコフスキーの『悲愴』を買ったのだが音源が古いためか、音量の幅が広すぎて聞きづらかったのだが、この「聞きづらい」という歯痒さが逆にクラシックへの想いにさらに火を付ける形になって、今日、ヘンデルの『水上の音楽/王宮の花火の音楽』を買って来て聴いたらこれがもの凄く良くて、ブッ飛んで、今も、このブログを書きながら聴いていたりするのである。どうやら俺はクラシックはクラシックでも、宮廷音楽が好きらしい。めちゃくちゃ華やかで、リズミカルで、聴いていて本当に胸躍る。俺はクラシックに「癒し」の要素なんてこれっぽっちも求めていない。クラシックもロックと同じように、爆音で聴いて、音に合わせて歌ったり踊ったりして、楽しめるものでないと困ると思っている。だって「音楽」なんだから。
ところで、俺のこのクラシック志向は、俺が描く絵にも早速影響が表れ始めている。例えば「ジャンヌダルク」というモチーフだったり、「ムーラン・ルージュ」という言葉の響きだったり、他にも『エリザベス』や『舞踏会に招かれて』や『夢と鎧とキューピッド』といった絵なんかにはかなり具体的に影響が出始めている。
ひょっとしたら、心理学の本を読む中で、ヨーロッパの文化的なものに知らず知らずのうちに触れるようになったというのも、クラシックの扉を叩くことになった原因の一つなのかもしれない。
いずれにせよ、心理学、絵画、クラシック音楽と、今まではただ「難しい」とか「敷居が高い」とか思って敬遠してきたものがすんなり自分の中に入ってきて、楽しめるようになってきたというのは本当に嬉しいことだと思っている。
これは本格的な「一憩変革期」の表れなのかなと思っているし、そうであることを切に願っている。
自分の絵をTシャツにして売ってみたい。
ランキングに並ぶ10枚のうち8枚(恋のジャンヌダルク、阿仁真里、ムーラン・ルージュ、木陰の愛嬌、祈りの少女、夢と鎧とキューピッド、全ての女性にユーモアを)は、Tシャツにしたら、ひょっとしたら、結構売れると思う。
『恋のジャンヌダルク』と『木陰の愛嬌』は黒いTシャツの前にでかくプリントする。『阿仁真里』、『ムーランルージュ』はベージュのTシャツの前にでかくプリントする。『夢と鎧とキューピッド』はグリーンのTシャツの前に小さめにプリントする。『バタフライ』は明るめの紫のTシャツにでかくバックプリントする。『祈りの少女』は濃いピンクのTシャツの左肩にワンポイント的にプリントする。『全ての女性にユーモアを』は茶色のTシャツの前にでかくプリントする。そして、『バタフライ』に関しては左肩に、『バタフライ』以外のものに関してはTシャツの後ろ、首のちょっと下あたりにブランド名である『憩』の一字をさりげなくプリントする。
価格は一着¥2500〜¥3000。そして、このブランド『憩』の特徴は店舗が伊丹最北端に小さいのが一軒あるだけということ。この限定感がたまらないでしょう。購買意欲を掻き立てるでしょう。
やってみたいなあ。意外と『全ての女性にユーモアを』が一番売れたりして。っていうか、どれもこれも全く売れなかったりして...。
1位(―) 恋のジャンヌダルク
2位(―) 阿仁真里
3位(↑) ムーラン・ルージュ
4位(↓) バタフライ
5位(―) 木陰の愛嬌
6位(―) 祈りの少女
7位(―) 夢と鎧とキューピッド
8位(―) エキゾチック・ロマンス
9位(―) 救援
10位(―) 全ての女性にユーモアを
だいぶ前に書いたことだが、俺は介護の仕事をしていた時、自分の右腕と左腕を尊敬する2人の女性介護士の名前で呼んでいた。
俺の利き腕であり、左腕より太く力仕事に向いている右腕を「村本さん」と呼び、利き腕ではないが、携帯を打ったり、ギターを弾いたりと、繊細なことをする際に活躍する左腕を「西山さん」と呼んでいた。村本さんは介護の学校の先生で、西山さんは現場における大先輩だった。体格的には対称的で、村本さんが大柄でがっちりしているのに対して、西山さんは小柄で細かった。
昨日描いた『ムーラン・ルージュ』という絵で、俺の無意識層から姿を現したのは西山さんだった。本当に良く似ている。もちろん、頭のてっぺんで髪を束ねているなんてことはなかったし、こんな感じの眼鏡も掛けてなかったが、この2点を除けて見ればこれはもう何とも言えず西山さんなのである。
有難い人が出てきてくれたもんだなあと思う。この部屋に西山さんがいて、しかも笑顔でいてくれてはるというのは実に心強いし、嬉しい。
たかが絵。されど絵。俺は『ムーラン・ルージュ』に足を向けては眠れない。部屋の中に、もの言わぬ頭の上がらない人がいるというのは何とも楽しい話だ。
ちなみに『ムーラン・ルージュ』というのはフランス語で「赤い風車」という意味で、ロートレックという画家がしょっちゅう訪れては絵を描いたという、大昔から営業している有名なキャバレーの名前らしい。
「赤い風車」そして「キャバレー」。現場を小走りに走り回り、目がギラギラしていて睫毛が長く、オーラ的に派手な感じのした西山さんにぴったりだと思う。
ムーラン・ルージュで逢いましょう。
1位(―) 恋のジャンヌダルク
2位(―) 阿仁真里
3位(―) バタフライ
4位(↑) ムーラン・ルージュ
5位(↓) 木陰の愛嬌
6位(↓) 祈りの少女
7位(―) 夢と鎧とキューピッド
8位(―) エキゾチック・ロマンス
9位(―) 救援
10位(―) 全ての女性にユーモアを
1位(―) 恋のジャンヌダルク
2位(―) 阿仁真里
3位(―) バタフライ
4位(―) 木陰の愛嬌
5位(初) ムーラン・ルージュ
6位(↓) 祈りの少女
7位(―) 夢と鎧とキューピッド
8位(―) エキゾチック・ロマンス
9位(―) 救援
10位(―) 全ての女性にユーモアを
1位(―) 恋のジャンヌダルク
2位(―) 阿仁真里
3位(初) バタフライ
4位(↓) 木陰の愛嬌
5位(↓) 祈りの少女
6位(↓) 胡蝶蘭
7位(↓) 夢と鎧とキューピッド
8位(↓) エキゾチック・ロマンス
9位(↓) 救援
10位(―) 全ての女性にユーモアを
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